嫌われの悪役令嬢 〜悪役っぽいのは見た目だけです!〜
つきかげみちる
第一章 幼少期編
第1話 肉は火に通しましょう
昨日までの私は、自分が世界の中心だと信じていた。そう昨日までは。
そして自分以外のその他大勢は、私の物語の引き立て役。見目麗しい婚約者はその物語のちょっとしたスパイス。そう信じて疑わない純粋さがあった。
更に甘やかされて育ったが故に、欲しいものはなんでも手に入れないと気が済まない。そのためなら他人を傷つけても構わないとさえ思っていた。私はそんな我儘な少女だった。
ディアナ・ベルナール。それが“今の”私の名前。
もうすぐ私は十歳の誕生日を迎える。貴族たちを集めて盛大なパーティーをする予定だ。
しかしお母様は「それではいつもと同じじゃない。なんだか味気ないわ」と言って、使用人たちを集めてお屋敷で急遽ホームパーティーを開いてくれた。
庶民の真似事がブームだったお母様は、今まで一度もしたことがない料理をしてくれた。なんとケーキまで作ってくれた。
使用人達は苦笑いだったけど、私は嬉しくてたまらなかった。そして我慢ができなかった私は、パーティーが始まる前にこっそりケーキを一口食べてしまった。
「うっ……きもちわるい……」
甘いスポンジを咀嚼し、嚥下した瞬間だった。胃の底から逆流するような嘔気を感じた。
「ディアナ! どうしたの、顔色が悪いわ!」
「お嬢様!」
口の中に留めておいた物が限界に達し、私はついに嘔……初っ端から汚くてごめんなさいね。そう、私はついに虹を出してしまったの。
「はぁ……はぁ……」
お母様は仰天し、使用人達はあたふたしている。私は息を整えることに集中した。
早々にリバースしたおかげで気分は爽快だった。多分食べちゃいけないものでも入ってたんだと思う。
人体の防御機能とはすごいものだわ。あぁ危うく食中毒になるとこだった……。
ん?
ここで思い出したわけ。そう、この世界には「食中毒」なんて言葉はない。それに十歳の癖に「人体の防御機能」とか言っちゃってるし。そして走馬灯のように前世の記憶が蘇った。
生まれてから三十歳でこの世を去るまでの自分の記憶。こことは違う日本という国で、平凡でちょっと多趣味(主に乙女ゲーム)な人生を送ってた。そして最期は半生の焼肉を食べて食中毒で命を落としたんだった。肉ぐらいちゃんと焼いて食べなさいよって今なら思うわ……。
そして勘のいい私は気づいてしまった。ここは前世で私が大好きだった乙女ゲーム『恋する☆魔法学園』の世界で、今世の私はその登場人物の一人であるディアナ・ベルナールなのだと。
転生だ。私、転生してるんだ。それにしても、つまみ食いしたケーキをリバースして前世の記憶を思い出すってどういうこと?
こういうのってもっとドラマチックにドカーンと派手に思い出すものじゃないの?
私はそんなことを考えながら、ふと冷静になった。
ちょっと待って。そんなことより。
ディアナって悪役令嬢じゃないの……それも絶対死ぬやつ。
その瞬間、私はその場に倒れてしまった。お母様と使用人達の声がだんだん遠くなった。
気がついた時には自室のベッドの中だった。窓の外は暗く、もう夜更けだった。目を覚ますとお母様が涙目で抱きついてきた。
「ディアナ! ごめんね、お母様が不味いケーキ作ったせいで。もう庶民の真似事なんてしないわ。あぁ……目が覚めてよかった……」
「お母様、私は大丈夫よ。ちょっと最近疲れがたまってたみたい。お母様こそ目の下に隈ができてますよ、ゆっくりお休みになって下さい」
ケーキをリバースしたせいで倒れた訳ではないけど、前世云々を話しても混乱させてしまうだろうな。私はそう思い、とりあえず看病に疲れてしまったようなお母様をねぎらい微笑んだ。
「まぁ! 貴女がそんな気遣いを! まだどこか悪いのね!」
「……」
ディアナはいつも自分勝手だった。だからそう言われるのも仕方がないけど……なんだろうこの、情けなくなる感じ……。
きっと前世の記憶を思い出す前までの私だったら「お母様!朝までずっと手を握っていて下さい!」とか「名店のプリンが今すぐ食べたいです!食べないと死んでしまいそうです!」とか夜中にも関わらず我儘放題していただろう。
使用人達にも「もう大丈夫です。皆さんも休んでください」と言うと驚かれた。いや、そんなに驚かなくてもいいのに。
そしてやっと一人になった私は、改めて事の重大さに打ちのめされた。悪役令嬢……悪役……絶対死ぬタイプの悪役……。
どうしたものか。私は悶々と考えを張り巡らせた。
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