第12話

『とーう!』


『えいっ!!』


『やっ!!』




 3人でブランコを漕いで、そしてそれぞれのタイミングで片足の靴を脱いで飛ばした。




『よしっ! あたしが1番!』




 髪の短い方の女の子は運動が得意だった。かけっこも一番早いし、ボールも一番早く遠くに投げられた。




『う~、また私がビリ……』




 対してロングヘアーの子は運動が苦手だった。雰囲気の通りドン臭い感じだったが、でもかくれんぼは一番上手だった。




『くそっ、もう一回やろう! 次は勝つ!』


『ふふ~ん、どうせまたあたしの勝ちだよ啓介』


『やってみなきゃ分かんないだろ!?』


『わ、私も次は頑張るもん』




 出会って以来、俺達はこうやってしょっちゅう一緒に遊んでいた。世間はゴールデンウィークに入ってしまって、クラスの友達がみんな家族とどこかに旅行に行ってしまったというのも、一つの理由だったが、それ以上に彼女たちと遊ぶのがそのときは何より楽しかった。


 彼女たちは俺がやり慣れていた靴飛ばしや缶蹴り、土手すべりなんかの経験がほとんど無く、一つ一つに新鮮に楽しんでやってくれたからだろう。自分がやりなれていることでも相手が楽しんでくれると、こちらまで嬉しくなってくる。俺は彼女たちと、あとたまにラブも一緒に、色々な遊びをして連休を過ごしていた。






 そんなある日のことだった。




『ねえ君、ちょっといいかしら?』




 かくれんぼの最中に俺に話しかけてきたのは高校生くらいのお姉さんだった。




『うわ、美人だ』


『あら、ありがとう。ねえ君、この子知ってるかしら?』




 お姉さんは俺に1枚の写真を見せてきた。そこに写っているのは一人の少女。




『…………ううん、知らないよ』


『……そう、時間を取らせて悪かったわね』


『お姉さん、その子のこと探してるの?』


『ええ、そうなの。ちょっと事情があってね』


『ふ~ん、妹か何か?』


『まあ、似たようなものかしら。それじゃあね』


『じゃーねー』




 写真に写っていたのは、今日も一緒に遊んでいた彼女だった。






















※        ※        ※   
























 それからも俺は遥香の調査のため、積極的に彼女に近づいていった。朝も嫌がらず一緒に登校し、お弁当も一緒に食べ、授業が終わったら一緒に帰る。この数日間、俺と彼女はまさにべったりと言っていいほどの付き合いだった。




 その中で気がついたことがいくつかある。




 彼女は、勉強が出来ない。




「はいじゃあ、次の文。中庭さん、訳して下さい」


「は、はい! ええっと……」




 英語の時間での出来事、彼女は英文の日本語訳を任された。訳す文は特に新しい文法も単語もない、至って簡単なものだった。




「てぃ、ティガーは……えっと……ろ、『ろすと』って何? ええっと、あ、負けた、負けたんですよゲームに! それでそれで、33引く4? 29……ん? ええっとこれは……」


「……は、はい中庭さんもういいです」




 ちなみに答えは『その虎は33対4というスコアでゲームに負けました』だった。こんな簡単な英文さえ訳せない遥香に、英語教師はドン引きしていた。もちろん俺も、教室のクラスメイトも。自慢ではないが、水ノ登高校の偏差値は高い。県内でトップの進学校だ。そこに入学してくる生徒がこんな簡単な英文も訳せないなんて、そんなことがありえるのだろうか。推薦でも最低限の筆記試験はあるし、学業以外の推薦で入ったとしてもここまで酷くは無いだろう。




「じゃあ、遠山君。その文と、あと次の文も訳して」


「……はい。『その虎は33対4というスコアでゲームに負けました。虎を応援していた人々は地元だから負ける気はしない、と思っていたので非常に落胆しました』」


「はい、そこまでで大丈夫です」


「け、啓介くん。英語得意なんだね……」


「……んな訳あるか」




 他の教科でも、遥香の学力は散々なものだった。せいぜいが中学一年レベルの学力だと感じた。












「はい水瀬です。……ああ、あなたね。どうかした? ……うん……うん…………なるほどね。まあ、仕方ないんじゃないの? 実際あなた昔から勉強できなかったし、そんなことしていられる余裕なんて今までなかったわけだし。……はあ? 助けてくれって言われても、そんなのすぐに出来るわけ無いでしょうが。誰でもすぐに勉強ができるようになる方法があったら、みんなそうしてるわよ。……情けない声出さないの。しょうが無いわね、分からないことがあったら聞きに来ていいわよ。もちろんあたしだって得意じゃないけど、あなたよりは少しぐらい知識はあるから。あんまりあなたの頭が残念だと、色々怪しまれるかもしれないしね。でも、まずは一人で頑張ってみるのよ? それでダメだった協力してあげるから。……ええ、頑張りなさい。それじゃあね。……ふう、そういえば勉強のことなんか考えてなかったわね。詰めが甘かったかしら……」




























 このように、遥香は勉強が出来ない。だがしかし、運動は予想に反して得意だったりする。


 その日俺はいつものように、体育の授業を適当にダラダラと過ごして居た。この日の体育、男子はサッカーで女子はソフトボールだった。




「あー……だりい……」


「そうだな、啓介。だるいな。体育なんて最悪だ、最低だ、なくなれ。やってられるか、糞が」




 俺と義史は元気にボールを追いかけ回すクラスメイトとは離れたグラウンドの隅っこで、うんこ座りをしながら暗い会話を繰り広げていた。


 グラウンドの反対側、ソフトボールに興じる女子たちの様子を何となく眺める。


 ガチで戦っている男子のサッカーとは対照的に、女子のソフトボールは非常に和やかなものだった。ピッチャーの投げるボールはもちろんふにゃふにゃだし、バッターもへっぴり腰だ。バットにボールが当たってしまうと、一塁への送球のコントロールが悪かったりキャッチミスがあったりのエラーだらけで、ほとんどが二塁打に変わる。このようにまるで試合になっていないが、それでもみんなそのヘッポコっぷりをキャイキャイ言いながら楽しんでいた。




「ああいう体育の方が楽しそうでいいよなあ」




 適度に肩の力が抜けてて、失敗しても怒られない感じ。ガチンコで行われている男子の体育にはないもので、正直羨ましい。




「そうだな啓介、俺達にはああいう野蛮な行為は相応しくないよな」




 そういう意味でいったんじゃないんだけどな、と思ったが面倒臭そうなので口には出さないことにした。




「スリーアウト、チェンジか」


「次のピッチャーは……お、柳井じゃないか」




 体操服姿の柳井がマウンドに上った。半袖短パンの体操服から伸びる彼女のスラっとした手足は、非常に魅力的だった。




「やっぱり何か、様になってるな」




 柳井の投球は流石運動部だけあって、安定したフォームだった。もちろん本気で投げてはいないのだろうが、先程までのピッチャーとは明らかに身体の使い方が違う。


 一人目、二人目のバッターはあっさり三振に取られてしまった。それでも柳井は特に喜んだりすることもなく、冷静に淡々とピッチングを続けていた。




「柳井、すげえな」




 義史が遠い目をして言った。




「ああ、すげえ。多分俺らよりよっぽど運動できるぜ」


「全く同感だ」




 そして三人目のバッターが打席に入る。




「ん、あれは……」




 俺の自称幼馴染、中庭遥香が意気揚々とバッターボックスに入ってきた。他の女子と同じく学校指定の体操服を着ているが、周りの女子とは圧倒的にオーラが違った。体操服に着替えても、やはり美少女は美少女なのだ。




「なあ、あいつって運動得意なのか?」


「は? 何でそんなこと俺に聞くんだよ。遥香ちゃんはお前の幼馴染だろ?」




 また出た、何を言っているんだお前は、という表情。これをやられると俺は何も言えなくなってしまう。




「……そう、だったな」


「変なやつだな。まあ、前から知ってたけど」




 うるせえこの根暗童貞エロゲオタクが、と言いたくなったがまたしても俺はそれをグッとこらえた。なんて大人な人間なんだろう。これで彼女がいないなんて不思議すぎる。




「さあ幼馴染対決だな。お前はどっちの幼馴染を応援するんだ?」




 どっちも幼馴染じゃねえよ、とも言えず、




「……別に、どうでもいいよ」




 俺はこう言って義史との会話を打ち切り、意識を遥香に集中させる。バットの構えは中々様になっているし、素振りで見せたスイングも悪くない。




 第一球を、柳井が投げた。外角低めのストレート、明らかにボール。これに手を出してはいけない。が、




「お」




 体勢を崩しながらも、遥香は快音を響かせた。柳井は驚愕の表情で自分の後方に勢い良く飛んでいく白球を追った。




「ファール、か……」


「いやー、よく飛んだな」




 一体あの華奢な身体のどこにあんなパワーが隠れているのだろうか。それほど打球は高く遠く飛んでいった。これには女子たちも大興奮、遥香のバッティングに喝采が上がった。柳井は最後まで打球の行方を見守り、そして自分の正面の打者と向き直った。




 遠くから眺めているので何となくしかわからないが、柳井と遥香は何やら言葉を交わしているようだった。そして何故だか、これを機に気だるそうだった柳井の雰囲気が変わった気がした。




 そして第二球。




「うわ、ウィンドミルかよ!」




 これまでの打者に対しただの下投げで対応してきた柳井だったが、ここに来て投球フォームを変えてきた。長くしなやかな腕をまさに水車のごとく大きく回し、さっきまでの気の抜けた球とは正反対の豪速球が放たれる。


 この速度差では流石に遥香も対応が出来ず、空振り。ちなみにキャッチャーも取りこぼしてしまっていた。




「柳井ってさ、結構負けず嫌いなのか?」




 一球目をファールだったにせよ大きく打たれたからか、柳井の二球目は本気の投球だった。そんなに悔しかったのか。




「だから俺に聞くなよ、幼馴染」


「ああそうだったなすいませんねえ俺は変な奴ですよ」


「何か投げやりだな」


「うるせえ」




 とにかくこれでツーストライクノーボール、遥香は完全に追い込まれたわけだ。そして投じられた第三球、またしてもウィンドミルからの豪速球。柳井はこれで終わらせるつもりのようだ。




 だがしかし、




「お」




 鳴り響いたのはボールがミットに入る乾いた音ではなく、




「おお」




 金属バットの快音、白球はセンター方向にグングン伸びていく。外野も自分の頭上を越えていくボールを、ただ見送ることしか出来なかった。


 結果はやはりホームラン、遥香は嬉しそうにジャンプしてはしゃぎながらベースを回っていく。




「あいつ、凄いな……」




 素直な感想が口から出た。素人の俺から見ても彼女のバッティングのフォームは綺麗で、力任せに打ったのではなくバットは真芯を捉えていたと思う。完璧なバッティングだ。それに完璧なのはバッティングだけじゃなくて――――




「ああ、俺も凄いと思うぞ啓介。遥香ちゃんは完璧だ」




 義史の眼鏡の奥が鈍い光を放っていた。ああ、これはあれだ。こいつはまた碌でもないことを考えている。




「……走る度揺れる、あの胸。最高だよな」


「……やっぱり、な」




 ――――実は俺も義史と同じ事を考えていたのだけど、それは口に出さないことにした。






















「もしもし? 私よ。……用件は分かってるわよね? どうしてあんな派手なことしたの? ……だってじゃないわよ全く。あんまり目立つことはするなって言ってるでしょうが。……はあ? 彼が見てるのが分かったから張り切っちゃった、ですって? …………ええ、気持ちは分かるわよ、でももうちょっと加減っていうのを考えなさい。怪しまれたりしたら面倒なことになるし、最悪今の生活が続けられなくなるかもしれないんだから。それじゃ、これから体育とかはほどほどに頑張るのよ。本気になっちゃダメだからね? それじゃ」


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