幼馴染は突然にっ! ~ハルカ昔ノ約束~

うんぼぼ

第1話

 幼馴染、これは非常に魅力的で手に入れ難い貴重なものだ。




『もぉ~朝だよ、早く起きて?』




 幼馴染という存在は、姉や妹と並ぶ希少価値を持つ。その存在を手に入れたいと思っても既に時遅し、不可能といっても良い類のものなのだ。




『ほらほら、早く起きないと遅刻しちゃうよ?』




 時間はどうやったって巻き戻らない。幼馴染という関係は昔からの繋がりや思い出がなければ成立しない。




『本当にネボスケさんなんだから。こうやって揺すっても全く反応してくれないし……。ほら、早く起きないとちゅ、チューしちゃうぞ~、なんて……』




 幼少時代からの思い出、一緒に過ごした多くの時間や相互の理解、そして深く高く積もった想い。これがなければ幼馴染とは決して呼ぶことはできない。そんなものは単なる『昔からの知り合い』に過ぎないし、幼馴染と呼ぶことはできない。




『……ほ、ホントにチューしちゃうよ。ネボスケなのがいけないんだからね?』




 家は隣同士で幼少の頃から家族ぐるみの付き合いがあり、幼稚園から小学校中学校高校とずっと同じクラス。このような関係性があるとポイントは非常に高い。




『……って、うわああああ! い、い、いつから起きてたの!?』




 そして何より大切なのが、約束だ。「大きくなったら結婚しようねっ!」とか、そういう幼い頃に交わした約束。この「約束」があればその他の要素が一つや二つ抜けてしまっても大丈夫。それくらいポイントの高い重要事項だ。




『べ、別に今のは何でも無いからね! た、ただのいたずらって言うか本気じゃないっていうか……だから、うん、気にしないで、深く考えないで!』




 そいでもって主人公はその約束なんて忘れているのだけど、一方美少女である幼馴染はそれを健気に覚えていたりして、シナリオのクライマックスなんかでその約束が大きなファクターとなってくるのだ。




『あんまり気にされ過ぎないのもちょっと問題なんだけど……な、何でもないよ何も言ってないよ! さ、早く学校行こっ?』




 長年続いた付かず離れずの距離が、ある時を境にしてゼロになる。幼馴染は、そこにドラマがあるのだ。


























「……うん、やっぱ幼馴染って最高だ」




 ライトノベルから顔を上げ、俺はつぶやいた。




「朝から授業中もぶっ通しでラノベを読みふけって、唐突に出る台詞がそれとは……流石脳みそ腐ってるな、啓介」




 一つ前の席に座った義史が呆れ返った目で俺を見ている。




「だってさ、幼馴染ってやっぱ最高じゃん?」


「否定はしない。が、今日学校に来てから初めて発した言葉がそれだっていうのが問題だと俺は思うんだよ、啓介。今はもう昼休みだ」




 そういえば今日は登校中もずっとこれを読んでいたから、朝の挨拶すら碌にしていなかったような。




「そうか。おはよう義史」


「ああ、おはよう啓介」




 心温まる友人との朝の挨拶、爽やかな笑顔も忘れず添える。完璧なコミュニケーションだと我ながら感動する。義史の俺への好感度も上がったに違いない。なので今の時刻とそぐわないものであることは無視。




「ところで、お前が今朝からずっと読んでいるのはもしかして……」


「もちろん『丘から見える青空』のノベル版だ」


「なるほど『からえる』か。確かに幼馴染ものだな」




 ちなみにこれの原作はこの前義史に貸してもらって全ルートクリア済みだ。少し古いゲームだったが、そんなことを感じさせないなかなかの作品だった。各話ごとのオープニングテーマや次回予告もアニメを見ているようでテンポが良かったし、キャラも可愛かったし、おまけも隠しヒロインもあったしでお腹いっぱい。サンキュー、義史。




「うん、ノベル版が昨日の夕方アマゾンから届いたんだ」


「そうか。ちなみに『からえる』は幼馴染キャラが二人…いや小春も含めれば三人いるが、啓介はどれが一番好みなんだ?」


「ツンデレ系の依緒に王道系の夏菜、元気な妹系の小春の三人か……」


「ちなみに俺は依緒だな。ツンデレとしては最初からデレ過ぎてる気もするがシナリオも良かったし」


「確かに依緒ルートは良かったな、クライマックスの主人公も格好良かったし」


「だろ? あと夏菜ルートでもいいとこ持ってったしさあ。やっぱこの『からえる』は依緒だよ依緒。依緒のためのゲームだって」




 確かに義史の主張は納得できる。流石は俺をこっちの道に引きずり込んだ師匠だ。ゲーム以外にもアニメのDVDやマンガ・ラノベなど、義史には大変お世話になっている。




「だがしかし、俺は夏菜を推すぜ」


「へえ……その心は?」


「やっぱり俺、幼馴染は王道に限ると思うんだよね」


「ふむ、なるほど」


「幼馴染は幼馴染っていう属性それ自体で完結するのが美しいんじゃないだろうか」




 ツンデレとか妹とか、幼馴染以外の要素を組み合わせたキャラというのも良い物だ。でも幼馴染という属性はそれ自体で完成されたものだと俺は思ってる。




「へえ、言うようになったじゃないか啓介」


「いやいや、これも師匠のお陰ですよ」


「ふふふふふ……」


「あっはっはっはっはっは」




 こうして俺達は若者らしく明るい声で笑いあう。義史のメガネの濁った瞳も最高にハツラツな男子高校然としているし、俺の緩んだ口元もきっと柔和なほほ笑みとなっているに違いない。周りの女子の視線は冷たい気がするが別にどうだっていい。




「いやーしかし、欲しいなあ幼馴染」


「無理言うなっての」




 残念ながら俺には幼馴染と呼ぶに相応しい存在がいない。非常に残念ながら、俺には幼馴染と呼ぶに相応しい存在がいない。お隣の中庭さん夫妻には子供が居ないし、幼稚園から今までずっと同じクラスの女の子もいない。唯一可能性があるとすれば幼い頃の約束になるだろうが、そんなものは記憶に一切ない。昔から今まで女の子と遊んだ記憶なんて悲しいことに全くないのだから、そんなフラグが立っているはずはない。ないない尽くしで非常に落ち込む境遇だ。




「もし時間が巻き戻るなら十年くらいまえに戻ってフラグを立て直したいよなあ」


「だなあ。あれ? そういえば啓介、柳井と中学一緒じゃなかったっけ?」




 柳井透子、俺達と同じ二年二組で出席番号は三十二番、陸上部所属。




「ん? ああ、そういえばそうだな。オマケに小学校も一緒だった」


「いけるじゃん、柳井。お前の幼馴染」


「はあ、萩谷センセ。あんた分かっちゃいないよ……」


「だって小学校からずっと一緒なんだろ? だったらその資格はあるんじゃないか?」




 その義史の言葉に俺はもうひとつため息をつく。




「確かに俺と柳井透子は小学校からずっと進路は一緒だった。だけどなあ、俺と柳井は決して幼馴染にはならないんだよ。柳井を俺の幼馴染と認めることは出来ないんだ」


「ふむ、幼馴染と呼ぶには柳井には足りないものがあるんだな?」


「足りないものがある、というより足りないものだらけだな。欠陥だらけだよ、柳井透子は」


「それだけだと酷い人格批判みたいに聞こえるな。こんなキモオタに欠陥人間扱いされるなんて、柳井も可哀想に」


「何と言っても関係性の薄さ、絆の弱さに限るな」


「話聞いてねえし」


「柳井とは確かに小学校も中学校も一緒だった。でも同じクラスになったのは小中合わせて多分二回くらいだけだし、話したことも殆ど無い。従って毎朝起こしに来てなんかくれないし、弁当も作ってきてくれない」


「目覚ましとか弁当とか、やっぱ王道だよな。まあそれを現実に求めるお前の脳みそは腐ってると言わざるを得ないが」


「それに加えて地理的な問題もある。家は俺が一丁目で柳井は五丁目、歩いて二十分くらいかかる。そして何より……」


「やっぱり俺の言うこと聞いてないんだなお前は」


「『約束』がねえんだよなあ」


「……『約束』か」




 やはり幼い頃の約束、これは大事だ。これがあるかないかでシナリオの盛り上がりは大きく変わってくる。




「と、言うわけで柳井は俺の幼馴染ではない。以上証明終了」


「なるほどなあ」




 理解してもらえたようで良かった。こいつの感性はやっぱり俺と近いものがあるんだろう。




「これじゃせいぜいが『昔からの知り合い』ってとこだろうな、残念ながら」


「でもまあ、変な関係だよな、啓介と柳井って。小学校からずっと一緒なのにこんなに関係性が薄いなんて」


「確かにそうだな。あーあ、こんなに細く長く続くんだったら、やっぱ昔にフラグ立てとくんだった」




 そう言ってから教室を見回し柳井の姿を探す。同じ陸上部のクラスメイト2人と机をくっつけて弁当を食べていた。




「柳井透子、か……」




 色気はない、と思う。だけど品はある。肩の辺りで切りそろえられたストレートの黒髪に、薄味ではあるが整った顔立ち。そしてなりより陸上部での日々の努力によって作り上げられた、そのスレンダーな体つき。胸はあまり無いけど、そのスラっとした身体のラインや長くて締まった脚は非常に魅力的だ。魅力的なんだが、




「もっと愛想があればなあ」




 思わずそう呟いてしまう。柳井透子は何というか、一言で言うと無愛想なやつだ。暗いというわけではないが、口数は少ないし表情も変化に乏しい。




「確かにクールだよな、柳井って」


「真面目で融通きかなくて、言うこともズバズバ言うしなあ。中学の時は結構恐れられてたぜ」




 少なくとも、男子に好かれるタイプではない。かく言う俺も柳井は得意じゃない。




「中二のとき教室にある共用の国語辞典とか英和辞典とかのさ、エロ用語に片っ端から蛍光ペンでマーキングしてやったことがあるんだ」




 懐かしい若き日のことを思い出す。




「ああ、俺の中学にもそんな奴居たような覚えがあるな」


「それをよりによって柳井に見つけられてな」




 本当ならばクラスの一番人気だった吹奏楽部のお嬢様、麗華ちゃんに見て欲しかったのだ。




「全く照れもせずゴミを見るような冷たい目で、『死ねばいいのに』って言われてさ。そいでもって先生にもチクられて帰りのホームルームで吊し上げ。全くもって最悪の思い出だ。ああ思い出したら腹立ってきた。全く柳井のやつ、許せねえ」




 あの時の屈辱と、麗華ちゃんのリアクションを見れなかったという喪失感。一生忘れない。




「それは全面的にお前が悪いと思うぞ。逆恨みって言葉、知ってるか?」




 とにかく柳井と俺は、ちっとも幼馴染なんかじゃないのだ。それどころか攻略ヒロインにだって認定してやらないし立ち絵もお前にはやらない。ボイスだってもちろんなし。モブだ、お前は所詮モブなのだ。ぬはは、残念だったな柳井。




「……でもだな、ちょっと想像してほしいんだ啓介」


「……何だよ」




 メガネの奥で義史の瞳が暗い輝きをたたえていた。ああ今こいつは碌でもないことを考えている、俺にはそれが手に取るように分かってしまうのだった。この萩谷義史という男、普段は知的ぶっているが実のところ俺以上のエロゲーマーで、捩じ曲がった性癖のとんでもない変態野郎なのだ。




「ああいう女ってさ、いい表情をすると思うんだ」


「はあ」


「運動もできてクールで気も強くて、自分に自信がある。こういう女を力で無理やり屈服させるとさ、すんげえ悔しそうな、最高の表情をするじゃないだろうか」




 ああやっぱり碌でもなかった、こいつは最低の変態ゴミクズ野郎だ。死んでしまえばいいのに。




「うん、そうだ。力で屈服させるのもいいが、後は脅迫して関係を迫るとかも良いな」




 瞳の輝きが更に増す。クズだ、こいつはこの世に生かしておいてはいけない。




「悔しそうな顔をしてさ、こう言うんだ。『お、お願いします。……私にあ、あなたの……お、おっ…おちん、ちんを舐めさせて、くだ、さい』」




 顔を赤くして悔しそうな顔をして言うんじゃない。お前がやっても気持ち悪いだけだ。こいつの方が俺よりよっぽど脳みそが腐っている。グズグズだ、最悪だ。




「あとあと、鏡張りの壁に手を付けさせて立ちバックってのも最高だと思わないか? 屈辱と快楽に歪んだ顔を見せつけながらファックしてやるんだ」




 昼休みの教室には全く似つかわしくない内容を、ギラギラとした目つきで鼻息荒く俺に語りかける義史。全くもって度し難いほどの変態、エロゲのやりすぎ、社会のゴミ。




 だがしかし、だがしかしだ、




「……やっぱりお前には敵わないぜ、師匠」




 こいつの言っていることは、決して間違っていない。柳井の整った顔が屈辱に歪むのを想像して興奮してしまっている俺が、ここに居る。今夜のオカズはこれで決まりだぜ、とか思ってしまっている俺が、ここに確かに居るのだ。




「啓介なら分かってくれると思ってたさ」




 どや顔で差し出された義史の右手を、俺は力強く握り返す。




「ふっ、これからもよろしく頼むぜ」




 男同士の熱い友情の証明、感動的なシーン。もしギャルゲーだったら一枚絵が出ているの違いない。まあユーザーの需要は間違いなく無いだろうけど。




「ふ、ふふ…ふふふふふ……」




 詰まるところ、あれだ。要するにそういうことだ。




「あっはっはっはっはっは!!」




 俺達は、非常に残念な青春を送っているのだ。でもまあしかし、これだってそんなに悪いものじゃない。多少暗めかもしれないが、自分の好きなものを包み隠さず趣味の合う友人と語り合うことができるのだ。女子にはあまりモテないかもしれないけど、こうしてるのも楽しいから別に問題ないのである。




「ふは、ふはははっ、ぬはははは……ん?」




 ふと視線を感じて周りを見渡す。だがしかし、教室の中には特に俺たちを見ているものはいなかった。




「どうした啓介?」


「いや、なんつーか誰かに見られてるような……」


「はあ、またそれかよ……」




 俺の言葉に義史は呆れたようにため息をつく。




「いや、そんな風に言わなくたっていいじゃんかよ」


「だって啓介、お前ここの所そんなんばっかじゃないか」




 そう、『また』なのだ。ここ一週間くらいちょくちょく誰かの視線を感じる。誰かが俺をじっと見ているような感じ、それがこの一週間ほど続いている。




「んなこと言ったって感じちゃうんだから仕方ないじゃん」


「自意識過剰なんだよ啓介は。それか最近『ニガカミ』でもプレイしたのか? 確かにストーカーキャラの沙理奈ちゃんは魅力的だがなあ、現実とゲームを一緒にしたらイカンぞ」


「そういうんじゃねえって、マジなんだってば」




 学校だけでなら俺に熱い視線を向ける女子がいるとか(可能性はゼロに近いが)考えられるかもしれないけれど、自宅の部屋でも感じることがあるのだから恐ろしい。




「で? それで、啓介に何か実害はあったのか?」


「実害って?」


「例えば物が失くなったりとか、変なメールや電話がしょっちゅう来るとか、今まで仲の良かった女子が急にそっけなくなったり、そういうのはあるか?」


「…………いや、ねえけど」




 そもそも仲の良い女子も居ないし。




「はい、そしたらこの件は99.9%お前の気にしすぎで自意識過剰だったって訳だ」




 確かに実害は一切ないのだけれど、何だか薄気味悪いものがある。




「何だよ、納得いかないって顔だな」


「俺だって最初は気のせいって思ってたけど、ここまで続くと何か気味悪くってさあ」


「ふむ、確かに俺には啓介の感覚は分からないしな。童貞の気持ち悪い妄想だと切って捨てるのも酷い話かもしれんな」




 くそ、お前だって童貞だろうに偉そうに言いやがって。




「だったらそういうのは専門家に相談するのが一番だろう」


「専門家って一体何だよ?」




 こういうことの専門家って何なのだろうか。ストーカーだったら警察だろうし、もしくは心霊現象とかだったら霊能力者だろうか。胡散臭いな。




「簡単じゃないか、こういう時のためにウチの高校にも設置されてるんだから」


「どういうことだ?」




 勿体振りやがって。だがこの水ノ登高校には生徒が運営する「何でも相談部」的なものもオカルト研究会も無いはずだが。




「それはだな――――――」


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