第4話

【俺は至って正常なんだか世間が狂っている】


四話


 翌日、普通に学校だし今日はあいつに謝らないといけない。普段仲良くしている友人とも呼べる彼に、頭を下げるとか照れくさくて嫌だ。それがいつもの憂鬱な朝をより一層酷いものにした。

「なんか頭痛い……」

 リビングに向かうと、人の気配はない。母さんはもう仕事に出かけたのだろう。

 だが、謝らなければダメだ。人間として。俺は鬼じゃないのだから。

 俺は意を決し、身支度を整えて朝食のトーストをチンしながらテレビをつける。すると、いつもの朝の面々が相変わらずにニュースを報道をしていた。

 芸能人が麻薬! とか不倫とかはっきり言ってどうでもいいようなニュースが流れ、うんざりしながらいまさっきつけたばかりのテレビを消そうかと手をかけた時、速報が入った。

「速報です。昨夜未明、都内の大学病院で出産の際、母親が死亡するという事故が発生しました。原因は現在不明のため、調査中とのことです」

「……珍しいな。子供を産んで死ぬなんて」

 今現在日本では、死産もしくは出産直後の赤子が死亡する確率が僅か0.02パーセントという驚異的な数値をたたきだしていた。これは、ここ数年で日本の医学が目覚しい進歩を遂げたからだ。

 それは医学史的にも大変素晴らしいことで日本は勿論、外国でもそれは教科書に載るレベルになり、外国人が日本で出産するのも今では珍しくない。今や知る人間が居ないほど、このオシリスの奇跡と名付けられたその名誉的事象は深く世間に浸透している。

 痛ましい事故ではあるが、今の俺には関係ないし、どうでもいいニュースのひとつであることには変わりなかった。


***


 いつもよりちょっと早めに教室に着いた。なんだかいつもよりも教室がうるさい気がする。

 俺が引き戸を引くと、さっきまで何か話していたはずの奴らが急に黙り、冷たい目線を向けてくる。

 まあ、名声値がゲームと同様にあるとするならば陸斗の方が高いだろうし、俺や先生の話を理解したとしても先に手を出したのは俺だ。

 それにこんな世間で子作り反対宣言をしたんだ。少数派の俺に冷淡な視線が送られてくるのは仕方ないことか……

 席に着こうと視線をくぐり抜けて行くと、俺の席の前に陸斗が座っていた。

 すぐに目線が合ったが、奴はプイっと視線を逸らす。

 ……参ったな。話しかけずらい。

 そう思いつつ、彼の後ろの席に座る。

「陸斗……」

 心配そうに陸斗の横の席で名前を呼ぶ五代美咲。彼氏彼女の関係になっていれば、席を隣同士に出来るというこの学校のルールのおかげか二人は隣同士だ。

 確かに考えは俺とは全くそぐわないものを持っている。だが、友人として応援してやりたいとも思えたし、なにより、あの二人は先生との授業中に見え隠れしていた俺の描いた理想そのものに見えた。

「陸斗。昨日はすまなかった……言い過ぎたよ」

 俺は陸斗の前に戻ると、頭を下げた。

「……いや、俺も悪かった。俺、今が幸せでさ。先のことなんかなんかどうにかなるっしょ! って思ってたんだ。でも……そんなに甘くはない。お前の言う通りだよ。でも、お陰で決意が固まった。俺立派に胸張って父親って言える人間になる」

 顔を上げると、真っ直ぐ俺を見る陸斗の目には芯のようなものがあるように感じた。

「……そうか。うん。わかったよ」

「私も! 陸斗と一緒の気持ちだから!」

 涙ながらに五代は言う。

「……お前はいい嫁を持ったな。そんな嫁をガッカリさせるんじゃねえぞ?」

 冗談交じりにではあったが、素直な感想だった。

 顔を真っ赤に染めた五代が、ボッと沸騰して椅子にへたりこむ。

「おい! 人の嫁を口説くんじゃない!」

「人妻に興味はない。それとさっきの話、嘘だったなら俺がお前をぶん殴ってやるから覚えとけ」

 彼は目を見開いて驚いたような表情をした後、フッと笑って「頼むよ。親友」だなんていいやがった。

「男を口説くとはな……お前にそんな趣味があったとは思わなかったよ」

「いや口説いてねえから!」

 そんなやり取りに心に引っかかってたシコリが和らいで行ったが、また別のしこりが出来た。

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