鈍感は誤解を招く

 私が教室へ入るなり、真美ちゃんはすっ飛んできた。目はキラキラ輝いて、ほっぺは赤く、嬉しそうに緩んでいる。

「私、宮崎くんに告白されちゃった!」

「は!?」

 澄んだ空から突然雷が落ちてきたみたいにびっくりした。一体何がどうなってそうなった?

「え? 何? 宮崎くんの方から?」

「そう!」

 声にまで喜びがにじみ出ていた。嬉しすぎてじっとしていられないのか、真美ちゃんは両手で口を覆い、足踏みしている。

「なんて言われたの?」

「『ちょっとオレと付き合ってくれる?』って」

 聞いた瞬間、理解が押し寄せてきた。ヤバい、という緊張が背筋を駆け上っていく。宮崎くんの「付き合う」と真美ちゃんの「付き合う」は意味が違ってるぞ。どうするんだ宮崎くん、これ、ヤバすぎでしょ……。

 私は真美ちゃんの元を離れると、すぐに宮崎くんの所へ向かった。リッキー、上島くんと輪になって話す彼の肩をつかみ、精一杯声を低めて、でもそこにありったけの非難を込めて、

「宮崎くん、どうすんのよ」

 振り返った宮崎くんは目を丸くして、それでも「メスゴリラ、おはよー」なんてあいさつしてくる。

「真美ちゃんに何か言ったでしょ? どういうつもりよ?」

「どういうって……」

 宮崎くんは、うーん、なんて言いながら、のんびり説明した。

「オレ、好きかどうか分かるほど真美ちゃんのこと知らないから、だったらちゃんと知った方がいいかなーって思って」

「で、何て言ったの?」

 宮崎くんはちょっと視線を上へ向けて、いかにも何かを思い出そうとしているっぽい表情をした。

「何か、近く通った時、今日の放課後、予定が変わってひまー、みたいなこと言ってたから、『だったら、ちょっとオレと付き合ってくれる?』って」

 やっぱりな……。心底呆れて、肺に溜まった空気を全部吐き出すくらい深く息をついた。

「それは誤解を招くわ、和真」

 珍しく、リッキーが真っ当なことを口にした。横で上島くんもうなずいている。でも、相変わらず宮崎くんはきょとんとしていた。本っ気でバカなんだな、こいつは。

「でも、一番悪いのはメスゴリラだろ」

 リッキーが突然風向きを変え、宮崎くんの鈍感っぷりに呆れていた私へ火の粉を浴びせてきた。

「なんでそうなんのよ?」

 私が反論すると、リッキーが真面目な顔で答える。

「だって、昨日、急に吉村さんが和真のこと好きだってバラしてさ。そりゃ和真だってテンパるだろ。で、テンパった結果が、これじゃん」

「急にって、あれは――」

 と言い返して、声がのどで詰まった。言葉が見つからなかったんじゃない。その逆だ。口にしようとした言葉の意味を、寸前で頭が捕まえて、一気に恥ずかしくなってしまったのだ。何も言わない私を、リッキーは眉間にしわをたくさん寄せて見た。

「あれは、何だよ?」

 とげのあるリッキーの声が、視線が、痛かった。私は顔をそむけ、心で叫んだ。リッキーのせいじゃん! リッキーが、私が好きなのは宮崎くんだなんて言うからじゃん! 私はリッキーにそんな風に言われたくなかったんだよ!

「別にいいじゃん、リッキー。あれはさ、なんか勢いで言っちゃった、みたいな感じじゃん。そんなんよくあるっしょ」

「他人事みたいに言ってるけど、ヤバい状況なのお前だからな」

 私をめちゃくちゃ責めようとしていたらしいリッキーは、斜め方向から飛んできた宮崎くんの言葉で毒気を抜かれたようだ。目から鋭い光が消えた。ほっとしたのと同時に、私は頭をフル回転させた。

「とにかく、誤解だって真美ちゃんに言わなくちゃ。みんなで一緒にどうするか考えよ」

 宮崎くんは、ちょっと眉をひそめて私を見た。

「ありがと。でもさ、何がまずかったか、オレ、よく分かってないんだけど……」

 今度は言葉が出なかった。リッキーと上島くんもフリーズしていたから、私と同じだったんだろう。最初から全部、説明してやるしかない……。

 

 気をつけ、礼、の号令が終わると同時に、教室の気配が動き出した。ランドセルをドスンと机の上に置いて荷物を詰め始めたり、リュックを背負って走り出したり、みんな忙しい。帰りのホームルームが終わると、いつもこうだ。私たちもあいさつが終わるや否やみんなで宮崎くんの机に集まっていた。

 リッキーが声を低めて話し出す。

「よし、じゃあ昼休みに話した通りにやるぞ。まず、メスゴリラから吉村さんに話す。吉村さんが和真のこと好きだってバラしちゃって、それで和真が気ぃつかっただけっぽいって。そんで、和真が一緒に帰ってもう一度吉村さんに、『付き合うつもりはない。一緒に過ごすって意味の付き合うだった』って言う。一応、謝っとけよ。女って変に恨んできたり、めんどくせぇから。で、終わり! 和真も変に気ぃ持たせるようなこと言うんじゃねぇぞ。あと、メスゴリラも妙なこと口走んなよ」

 あんたがいなきゃ、やらないよ。私はぐっと言葉をのどへ飲み込んだ。一応、小さくうなずいておいたけど、顔の筋肉が変に動いて、表情が引きつってしまったのが分かった。まぁ、いい。リッキーの言う通り、それで終わりなら何の問題もない。真美ちゃんはふわふわした感じのおとなしい子で物分りもいいから、文句を言ってきたりもしないだろう。きっと大丈夫。そう考えていると、胸がチクチク痛み出した。宮崎くんに告白されたと話していた時の、幸福感を満面に広げた真美ちゃんの顔が脳裏にちらつく。私は頭をブンブン振って、浮かんでしまったその顔を追い出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る