第27話
カレルはやはりやらかしてしまったらしい。
「……確かにロザンネ嬢に協力してもらえとは言ったけどさぁ……」
重いため息と一緒にカレルは口を開く。
「なんで夜会!? しかもロザンネ嬢の誕生日を祝うための! 君、自分がとても目立つ見た目してる自覚ある!? ないよね!?」
カレルの怒鳴り声に動じる様子もなく、ティルザは振り返りながら微笑んだ。深い藍色のドレスは色こそ地味だが、ティルザが着ると妖艶さを増して見える。
「大丈夫大丈夫、招待客が多いから一人二人見たことないような人間がいても目立たないって言ってたもの」
「君が派手だから目立つって言ってるんだよこっちは」
ティルザは髪も鮮やかで目立つが、そもそも顔立ちもはっきりとした美人で、夜会になんて行ったら絶対にたくさんの男たちに声をかけられるに違いないのだ。
ティルザが声をかけられて男に囲まれてもカレルはどうでもいいけど、それはつまり彼女が身動きとれなくなってカレルばかりが働かされることになるということで。
「そうねぇ……目立ちすぎても動きにくいかしら」
そう言うとティルザはさっと手を振る。
鮮やかな赤い髪の色味がほんの少し落ち着いて、赤茶色のように見えるようになった。しかしカレルにしてみればあまり効果はないように思えた。近寄り難さが薄らいでなおさら群がる男が増えそうだな、という感想が浮かぶ。
「既にロザンネ様が『今夜の夜会には紅柘榴の魔女もお忍びでやってくるらしい』って噂を流してくださったし、あとは偽物が釣れるのを待つだけね」
実際のところ、ティルザのような魔女がこういう華やかな夜会でこっそりと商売をすることは少なくない。その場合、ティルザは売れる薬が限られてしまうが。
「カレルは色を変えなくても平気かしら。どこにでもいそうだものね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
金茶の髪に深い緑色の瞳は貴族の子息でもよく見かける色合いだ。身体のつくりも華奢なほうなのでどこかの貴族の息子だと言っても通じそうなところはある。
「エスコート役としては身長がちょっとたりないんだけど、今回は我慢してあげるわ」
ヒールを履くとティルザはカレルよりも背が高くなる。年齢のわりに背があまり高くないことはカレルが少し気にしていることをティルザはよく知っているのだ。
だからカレルはふん、と笑って言い返す。
「君はどこからどう見ても若い男を騙して連れてあるいてる女にしか見えないね」
カレルとティルザの実年齢はそれほど離れていないのだが、どう見ても少年を囲う悪女に見える。
「十代の子どもにしか見えないあんたが悪いんでしょ」
「童顔は生まれつきだからどうしようもない」
体質でもある。こればかりはカレルにもどうしようもない。
もちろん魔法を使えばティルザの髪のように見た目を変えることもできるけど、自分の見栄のために無駄に魔法を使うわけにはいかない。魔女は魔女であるがゆえに、魔法を玩具のように扱うことはしない。
「カレルこそ、純情な令嬢を誑かさないようにしなさいよ」
「君じゃないんだから大人しくしてるよ」
令嬢は基本的に向こうから男性に声をかけてくることはない。知り合いでもない場合はなおさらだ。
カレルには話しかけてくるような知り合いはいないんだから、ただ黙って突っ立っていても問題ない。話しかけてほしいとアピールされることはあっても、気づかないフリをすればいいことだ。
だがカレルは忘れていた。
たった一人だけ、カレルに話しかける可能性のある令嬢がいることを。
*
行く前から帰りたい。
リーフェはやる気に満ちた侍女たちに飾り立てられながらぐったりとしていた。
癖のある黒髪はどんなに磨いてもどこか跳ねているし、そのたびに侍女が殺意すら感じるほどの強い目で櫛を手に再び戦いを挑むのだ。
庭の手入れを手伝っていたおかげで令嬢としてはちょっと日焼けしているし、それを誤魔化そうと化粧も厚くなっている気がする。
ドレスだけは真っ赤で可愛らしいドレスにされそうになったので全力で抵抗した。それだけは嫌だそれで行くくらいなら今からでも腹痛でキャンセルするとリーフェは首がちぎれそうなほどぶんぶんと横に振って、どうにか比較的落ち着いた色であるグリーンのドレスを着ることになったのだ。
(もう疲れた……)
まだ準備をしている最中だというのに体力は尽きかけていて、このあと馬車で移動して会場に行って挨拶したりダンスしたりするのかと思うとリーフェは遠い目になった。行きたくない。
髪には花をあちこち飾ることでぴょんぴょん跳ねるくせっ毛を誤魔化すことにしたらしい。経緯はどうであれ、なかなか見栄えがいいので成功している。
「リーフェ、支度はできた?」
コンコン、というノックのあとでヒューベルトの声がした。
「はい、大丈夫です……ですよね?」
自分ではこれが完成なのかわからずに思わずリーフェは侍女に確認をとる。
「ええもちろん! とても可愛らしいですお嬢様!」
「腕が若干太くなっていたり肌が日焼けしたりいろいろとアレですが、よくお似合いです!」
どうやら大丈夫らしい。
侍女の返答が聞こえていたらしいヒューベルトが「開けるよ?」と一言断ってから扉を開ける。いつだって紳士的な従兄もきちんと正装していた。
「どうですかお兄様。おかしなところはないですか?」
「とても可愛いよ」
夜会に参加するのなんていつぶりだったか。リーフェは流行なんて知らないし不安がないわけでもないが、ヒューベルトが何も言わないのなら問題ないのだろう。
「夜会に出るなんて、やっぱりリーフェは変わったね」
「参加したいわけじゃないですよ?だけどロザンネ様のお誕生日を祝う気持ちはありますし……ちょっとだけです」
ロザンネにはよくしてもらっているし、ちょっとくらいならリーフェでも乗り切れる気がする。何か失敗したところで、もともと高くないリーフェの評判が落ちるくらいだ。
(……あれ?)
ヒューベルトにエスコートされながら馬車に乗り込み、リーフェは自分でもおかしいなと気づいた。
今までなら自分が失敗すれば家に迷惑がかかると思った。きっと父はさらに失望するだろうと。だったら引きこもっているほうがいいんだと、そう思っていた。
(失敗しても大丈夫だろうなんて、思えなかったのに)
何かを間違えること。
何かに失敗すること。
それはリーフェにとっておそろしいことだった。だから絶対に間違えないように失敗しないように何もしなかった。
けれど今はもう知っている。
(……間違えても失敗してもお父様はがっかりしないし、怒らない)
次からできるようになればいいよ。
そう言って笑う姿を思い出して、リーフェはきゅっと唇を噛み締めた。紅が落ちてしまうとわかっていたけど、そうでもしないと胸から込み上げてくる熱い何かを堪えられそうにない。
(……お師匠さま)
会いたい。
会いたいのだ。
(お師匠さまとお話したい。お茶を淹れて、いつもみたいに向かい合って座って、お師匠さまの作った甘いものを食べたりして)
そのあとにはリーフェが皿を洗って、そしてカレルにハンドクリームを塗ってもらう。あの大きな手が労わるようにリーフェの手にクリームを塗り込むときの体温と、ふわりと香るカモミールの香りを感じて、リーフェはくすぐったい気持ちになるのだ。
こんなに会いたくてたまらないのに、どうしてリーフェはこんなことをしているのだろう。
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