第17話
カレルは驚かなかった。
むしろやっぱりな、という気持ちのほうが強い。
あれほど箱入り世間知らずの娘だ。家族はどんな形であっても彼女を大切にしていたのだろうし、それならいなくなった彼女を探しているはずだ、と。
フードで隠れたカレルの目元は誰にも見えない。しかし確かにほっとしたようにやわらかく綻んでいた。
「新聞にのっていた名前だね。なんでも王太子の婚約者に嫌がらせをしていたとか?」
カレルは素知らぬ顔でそう言った。
すぐにリーフェはここで暮らしていると明かすには情報が少ない上、この青年が本当に信用できるのかまだわからない。
「あの子はやってません。あの子にできるはずがない。リーフェは悪意を知らない、無垢で純粋な子なんです」
「……それはちょっと夢を見すぎなんじゃないの」
ぼそり、と小さく呟く。
青年はよく聞き取れなかったのか「何か?」と首を傾げているのでカレルは適当に誤魔化した。
無垢で純粋。
なるほど物は言いようだが、むしろリーフェは無知であるがゆえに純粋に見えるだけだ。その無知は、彼らが彼女に知識を与えなかったことが原因だろうに。
リーフェは悪意は知っている。
ただおそらく、その悪意に抵抗したところで自分ではどうにもできないと諦観しているから何もしないのだ。その姿は見る者によっては清らかなものにも見えるかもしれない。
「それで、じゃあ君はそのお嬢さんの何なのかな。わざわざ魔女に会いに来てその子を探すほどの関係なんだろう?」
「彼女は私の従妹です。それに……」
青年は一瞬迷うように目線をさまよわせた。それに、と続く言葉を待つカレルは首を傾げる。
「婚約者のようなものでもあります」
婚約者。
思わずカレルは持っていたティーカップを落としそうになったが、慌てて平静を装った。
ありえないことじゃない。彼女も年頃の貴族の娘だ。婚約者がいて当然といえば当然なのだ。
ただなんとなく、リーフェとそういうことがカレルの頭の中で結びつかなかっただけで。
「……なるほど? けど新聞に書かれていた日付が確かなら、そのお嬢さんが行方不明になってだいぶ経つと思うけど」
リーフェがカレルのもとにやって来てから、半月以上が経っている。
世間知らずの令嬢が森で行方知れずとなったのだ。生存は絶望的だと考えるのが普通だろう。今更なぜ魔女のもとにやってきたのだろうか。
この青年はリーフェを探しているというけれど、それは生きた彼女と再会したいのか。それとも死体を確認したいのか。
口ではなんとでも言えるのだから、カレルはそこを見定めねばならない。
「……ええ、そうです。行方不明となってすぐに捜索隊を出しましたが、今のところまったく手がかりがなく……無事だとも、死んでしまったのだとも、わかりません」
青年は痛々しい表情で目を伏せる。テーブルの上で組まれた手が骨が軋みそうなほどに強く握り締められた。
「彼女は今、王都で濡れ衣を着せられています。私や伯父……彼女の父は、無実を証明するために奔走し、同時に行方を探していました」
「ってことは、君やその親は王都から離れていなかったってことだ。大事な子だというのなら、もっと早くに自ら探しに来るもんじゃないのかい?」
呆れたようにカレルが問い詰めれば、青年は素直に非を認めた。
「おっしゃるとおりです。そうすれば良かったと、思っています。雇った者たちは……順調だと、手がかりがあったと偽りの報告を繰り返していました」
リーフェの血縁というだけあって、どこか詰めが甘いなとカレルはため息を吐く。
レインデルスの森のことなら、カレルはおおよそ把握している。
リーフェがやって来てからこの森で誰かを捜索しているような者たちは見たこともなかったし、そんな気配もなかった。ろくでもない者を雇って、青年は見事に騙されていたのだ。
「それがわかってすぐに、私がこちらにやって来ました。無実の証明は、もうすぐできるところだというのに……彼女本人がいないなんて。何のために安全なストラウク修道院へ行かせたのか……!」
カレルはだいたいのことを把握し始めた。
彼やリーフェの父は王都での騒ぎが落ち着くまでの間、リーフェをストラウク修道院へ預けるつもりだったのだ。その間に自分たちでリーフェの無実を証明し、修道院から王都へ連れ戻そうと思っていたのだろう。
しかしリーフェはそれを勘当されたのだと、王都から追い出されるのだと思った。死ぬまで牢獄のような修道院に閉じ込められるくらいならと魔女の家を目指した。
「……しっかり会話しろよ……」
頭が痛い。
きちんと双方が話していればこんなことにはならなかっただろうに!
はぁ、とカレルは重いため息を吐き出した。
カレルは巻き込まれたようなものだ。文句の一つや二つ言っても許される気がする。
「リーフェはこの森で行方不明になったんです、森の魔女であるあなたなら……あなたなら、彼女を見つけられるのではありませんか!」
見つけるも何も、リーフェはじきにこの家に帰って来る。
帰りが少し遅い気もするがきっと木苺摘みに夢中になっているんだろう。
「それがここに来た理由? おもしろい人間だね。富や名声でもなく、その子を貶めた人間への報復でもなく、本当にただの人探しとは」
「おもしろくなどありません、妹のように可愛がってきた彼女が見つかること以上に大事なことなど今の私にはありませんから」
笑うカレルに、青年はむっとしたような顔をする。
「それがたとえ死体でも?」
「……っそうであっても、連れて帰ります」
どうやら青年は本気らしい。
たとえ変わり果てた姿になっていたとしても、行方不明になったリーフェを見つけたいと。
むしろ青年にしてみれば、心のどこかではその可能性のほうが高いと思っているのだろう。
そこまでの覚悟があるのならカレルからは言うことはない。
そろそろ真実を教えてやろうとカレルが口を開きかけたところで、玄関が開く。
「お師匠さま! ただいま帰りました!」
タイミングがいいんだか悪いんだかわからない弟子が籠に山盛りになった木苺と共に帰ってきた。
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