追放されたので魔女(♂)に弟子入りすることにしました

青柳朔

プロローグ

プロローグ

 華やかな夜会の会場では、一人の令嬢の噂が飛び交っていた。

 ラウレンス王子の婚約者の座を狙っているとか、王子の婚約者であるロザンネ嬢に嫌がらせをしていただとか、ロザンネ嬢の悪い噂を流しているのだとか。それを聞いたラウレンス王子はたいそうお怒りになった。


「リーフェ・ラウラ・ローデヴェイグ! 公爵令嬢であり私の婚約者であるロザンネに対するあらゆる罪をこの場で認めよ!」


 本日の夜会はクラウフェルト王国のほとんどの貴族が参加していた。だからこそラウレンス王子はこの場で噂の令嬢を断罪しようとしたのである。

「殿下、証拠はございません。それに、彼女にそんなことができるとはとても思えませんわ」

 ロザンネ嬢は未来の王太子妃として、少々迂闊なラウレンス王子の行動を窘める。件の令嬢に関しては、どれも噂話ばかりだ。令嬢たちは口々に『ローデヴェイグ家の令嬢がやった』と証言したけれど、口裏を合わせていないとは言い切れない。

「ならばこの場で釈明すればいい」

 ロザンネ嬢の忠言に、ラウレンス王子はそう言った。

 しかし夜会会場はしんと静まり返ったまま、問題の令嬢は姿を見せない。

「リーフェ・ラウラ・ローデヴェイグ! どこにいる!」

 苛立った王子の声が大きく響く。しかし返事はない。

 しばらくして、怖々としながら侍従が王子に言った。


「ローデヴェイグ家のご令嬢は、既にお帰りになられました」


 ――こうして王子による断罪劇は不発に終わり、一人の令嬢に対する噂は加速する。


 断罪されるのを恐れて逃げたのだ、とか。

 王太子妃の座を狙うだけではなく、他の貴族の子息にも色目をつかったいただとか。

 本人がそれを聞いたのなら「屋敷からほとんど出ないわたしがどうやってお知り合いでもない殿方を誑かすんでしょう?」と首を傾げたに違いない。


 次第に噂は変な方向へ転がっていく。

 誰もリーフェ・ラウラ・ローデヴェイグの顔をまともに思い出せないのはおかしくないか?

 夜会にいたと思えばいつのまにか帰ってしまっている。屋敷に閉じこもってばかりで令嬢たちのお茶会にも姿を見せることがない。

 人付き合いが悪すぎる。屋敷で妙なことでもしているのではないか?

 彼女は気味の悪い、鴉のように真っ黒な髪をしているし、目は血のように真っ赤なのだという。まるで童話のなかに出てくる悪い魔女のようではないか。

 そんな噂は、人から人へと流れていくうちに変わっていく。


 ――リーフェ・ラウラ・ローデヴェイグは実は魔女らしい。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る