アデレナお嬢様はやってみたい

宇部 松清

第1話 お嬢様、料理番組に挑戦する

「ねぇ、イルワーク。私、やってみたいことがあるの」

「承りましょう」 



「私、お料理番組をやってみたいのよ」

「お料理、ではなく、お料理番組という部分がいささか気になるところですが」

「さすがよイルワーク。よく気付いたわね。それでこそ私の執事だわ」

「お褒めにあずかり、光栄でございます」



「さてお嬢様、厨房をお嬢様の権力を振りかざしてまるごと乗っとることに成功致しました」

「よくやったわ」


「では、どのように始めましょうか」

「そうね、まず私達の配役から。私はこの人気番組、『アデレナ3分クッキング』の看板娘よ」

「色々気になるフレーズがありましたが、一旦良いでしょう」

「私はいくつものレストランを持つ凄腕のシェフなの」

「素晴らしいです」

「そしてあなたは、基本的には有能なんだけど、要所要所でうっかりミスをして視聴者を喜ばせるアシスタントよ」

「存在しないカメラの向こう側まで考えていらっしゃるとは、さすがですお嬢様」

「じゃ、始めるわよ。ミュージック、スタート!」



~♪~♪~♪

~♪~♪~

~♪~


「アデレナ3分クッキングのお時間がやって参りました。先生、よろしくお願い致します」 

「はい、よろしくお願いします」

「先生、今日は何を作るんでしょうか」

「今日はですね、最近めっきり冷え込んで参りましたから、あたかかい――あた、あたかたい、げふっ、ごほん! 温かい料理をね、作っていきたいと思います」

「先生、喉の調子は大丈夫でしょうか? よろしければ、のど飴を用意してございますので」

「気が利くわねアナタ。早速いただくわ――って辛っ!? 何これ、唐辛子飴!?」

「申し訳ありません、うっかり間違えました」

「ここでうっかりを出すのね。展開が早いわ」

「3分クッキングですからね」


「さて先生、温かいものとおっしゃられましたが、具体的には何を?」

「そうね。ちょっといま舌が燃えるように熱いから、予定変更で冷たいものにするわ」

「さすが先生、臨機応変です」



「今回作るのは『ニオヤッコセのポポンポロロンソース~ニャホトトカを添えて』です」

「では材料です。ニオヤッコセ500g、ソースに使うポポンポロロンは加熱用で色の鮮やかなものを200g。そして今回使用するニャホトトカはこちら、小振りのものを2つ、あるいは缶詰でも大丈夫です」


「早速作っていきましょう。まずはニオヤッコセ500gをすりおろします」

「申し訳ございません先生、ニオヤッコセを用意するのをうっかり忘れておりました」

「あらあら、良いペースでうっかりしてくるわね。そんな時は氷の塊でもOKよ。それならあるかしら?」

「はい、それならこちらにエイヤフィヤトラ氷河から取り寄せましたものが130kgほど」

「充分すぎるわね」


「それではこちらをすりおろして参ります。ふわふわとした雪のようで美しいですね」

「そうね。じゃあ次はソースにとりかかるわよ。ポポンポロロンをすべて鍋に入れ、8時間煮込みます。出来たものがこちらに――あら?」

「先生、申し訳ありません。昨夜、一晩かけて煮込んだポポンポロロンですが、今朝、ハイネケン様がすべて召し上がってしまいました」

「まぁ、何てこと! まったくあのいたずらワンちゃんったら……。困ったわ、どうしましょう」

「ご安心ください先生、こんなこともあろうかと、苺を煮詰めてシロップを作っておきました」

「気が利くわねアナタ。ではそれで代用しましょう」


「さて先生、最後に仕上げで乗せるニャホトトカですが、現在、缶詰も含めて市場には出回っていないようでして――」

「まぁ、困ったわね」

「とりあえず、代用出来そうなものとして、桃の缶詰を用意致しました」

「白桃? 黄桃?」

「無論、両方です」

「気が利くわねアナタ。では、どちらも使いましょう」


「では、先程すりおろした氷に――って、もしかしていまのやり取りですべて溶けてしまってるのではないかしら」

「ご安心ください、先生。冷凍庫に入れておきました」

「良かった。ここではうっかりが炸裂しなかったのね」

「基本的には有能ですので」

「助かるわ。このタイミングでのうっかりは死活問題ですもの。じゃ、冷凍庫から取り出して。ここからはスピード勝負よ」

「かしこまりました」


「雪山のようにこんもりとしたふわふわの氷の上に、苺のシロップをたらりとかけます。そして、薄くスライスした白桃と黄桃で飾り付ければ完成!」

「美しいですね。しかし先生、こちら、『ニオヤッコセのポポンポロロンソース~ニャホトトカを添えて』というよりは――」


「『かき氷の苺シロップがけ~2種類の桃を乗せて』かしらね」

「そのようでございます」


「……でも、完璧に美味しいわね」

「完璧に美味しゅうございます」

「じゃ、食べながら番組を見てみましょう」

「かしこまりまし――あっ」

「どうしたの、イルワーク」

「申し訳ございません、お嬢様。どうやらうっかり1カメの録画ボタンを押し忘れていたようです」

「何ですって。まさか番組が始まる前からうっかりがスタートしていたなんて」

「申し訳ございません。何とお詫びをして良いやら……」

「過ぎたことは仕方がないわ」

「しかし、2カメの方はばっちりです」

「あら、2カメなんてあったのね。気が付かなかったわ。私をあざむくとは、さすがよイルワーク」

「欺いた覚えはございませんが――、ただ、気付かなかったのも無理はありません。こちらの2カメ、隠し録り専用カメラですので」

「厨房を隠し録る趣味がある人間と一緒に住んでいるとは思わなかったわ。まぁ、良いでしょう。じゃあ、それを見ながら食べるわよ」

「かしこまりました」


「……私達の後頭部しか映ってないわね」

「隠し録り専用ですので」

「厨房で作業する者の後頭部だけを隠し録りする趣味がある人間と、一つ屋根の下で暮らしているという事実にいまさら戦慄を覚えるわね」

「申し訳ございません。墓場まで持っていくべきでした」

「過ぎたことは仕方がないわ」

「お嬢様は慈悲深くていらっしゃる」


「ふぅ、さすがにこの量のかき氷を食べたら冷えちゃうわね」

「ええ。何せめっきり冷え込んでいるこの季節に食べるものではございませんから」

「そうだったわね。でも、楽しかったから良しとするわ」

「それは何よりでございます」

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