運無しのその転生者、【不運充電(アンラッキーチャージ)】で不運を味方につけ……たい

@NUSI

第1話 不運は唐突に

私は不運である。


 財布は週一で落とすし、漸く買い物に出かけても欲しい商品がないことなんてしょっちゅう。

 信号は全て赤で、車に轢かれそうになったことは全部で7回。骨折は6回。


 その他にも些細な不幸は休む暇すら与えず、私を襲う。

 かの有名な、未来からやってきた機械猫に助けられる少年よりも絶対に不運。


 ドブに足を突っ込む?

 こっちは固まってないコンクリートに足突っ込む歴18年。どこかから飛んできた石やボールに窓を割られる歴18年。見たいテレビの時、映らなくなる歴18年!


 と、張り合ってもしょうがないか。


「ああ"ん? 財布出せっつってんだろぉ!?」


 そして、現在の私は絶賛不良に絡まれ中である。


 場所は、いかにも何かがいそうな路地裏。いや、いたんだけどさ。


 なぜこんな怪しいところに入ったかというと、愛用のスマホが飛んで行ったからである。


 何を言っているかわからないのは当然だ。


 順を追って説明しよう。


 スマホを片手に持ちながら歩いていると、歩道に乗り上げてきた車が私すれすれを通って行った。驚いた私は思わず横に全力で飛び、その拍子でスマホが手から滑る。追いかけたところ、不良に出会い、今。


 財布を出せってか。

 残念。バッグの中の、チャックが付いているポケットに入れておいたはずが、バッグに穴が空いていたおかげでしっかりと落としました!


「すいません……財布を落としてしまって、出せるお金がないんですよ」

「嘘つくんじゃねえよ? ああ"? ジャンプしてみろ!」


 今時そんなことを言う人がいたとは……驚きだ。


 何かされるのも怖いので、ジャンプしてみる。

 微かだが、ズボンの奥でチャリンと音がした。


「おお"い。金持ってんじゃねえかよおっ!」


 そんな小さな音も聞こえたのか、不良は細い目をさらに細くし、睨みつけてくる。


「早く出せ!」


 ポケットの中を弄り、硬貨を出す。


 ……1円玉が2枚。


 自分でもその結果を確認した途端、「あ、やばい」と声が漏れてしまう。


 瞬間、強い衝撃が頬を走る。


「舐めてんのか? お前」

「タ、タケさん!? 流石にヤバイですよ!?」


 取り巻きが叫ぶ。いたんだ。

 尻もちをつき、まだ痛みが残る頬を押さえた。


「なにするんですか」


 私は不良を睨むが、全く意に返していない様子。


「オメーが悪りぃんだよ! 俺をコケにしやがって!」

「タ、タケさん!」


 拳が飛んでくる。続いて、横蹴り。

 右に飛んで、壁に激しく頭をぶつけた。血が垂れて、片目が開けられなくなる。


 ゴトッ、音がして、落ちてきたものを見る。何かを支えるための金属の破片だった。


 顔を引き攣らせながら、今度は頭上を見上げた。


 今まで支えられていたものがバランスを崩し、一気に落下してくる。鉄骨のような形をしていたが、一瞬のことだったのでよく覚えていない。


 過去最大の衝撃と激痛に襲われる。


「やっぱり……ついて……ないなあ……」


 赤信号ではなく、青信号だったら少しだけ時間がずれて、車に襲われることはなかった。


 スマホをきちんとしまっていれば、路地裏に入ることもなかった。


 古いバッグではなく新品のバッグを使えば、財布を落とさなかった。


 不良たちは慌てて逃げていく。どこか他人事のようにそれを見つめながら、私はゆっくりと意識を手放した。


 ■


「あらあ? 新しいお客様ねぇ?」


 声がして、飛び起きた。


「あ、れ……? 私、どうなって……」


 殴られたはずの顔は痛くないし、落下物が直撃した頭もなんともない。


 それよりも……死んでない!?


「貴方ねぇ、死んで冥界にきたのねぇ」


 やっぱり私、死んだのか……。


 顔を上げると、目の前にやけに露出度の高い女が! 見た感じ20代前半で、色気がすごい。

 髪の毛は黄緑がかった白で、背中あたりまで伸びている。


 その口から冥界という単語が現れ、私は首を傾げた。


 あたりを確認する余裕が生まれてくる。なんと、床も壁も天井も全部白! どうなってんだ!


 頬に手を当て、女は喋る。


「不安かしら? でもねぇ、大丈夫よぉ。貴方は転生するんですからぁ」

「て、転生ですか……?」

「そうよぉ。貴方はねぇ、前世の記憶を消されてねぇ、新しい世界に転生するのよぉ」


 間延びした口調で話す女。どこか、安心感を覚えた。


「貴方は、一体誰なんですか……?」

「アタシかしら? アタシはあ、《不運の女神》サメイヨンよぉ。気軽にサメイって呼んでくれたら嬉しいわあ」


 優しく微笑むサメイ様。や、やばい。私、女性なのに鼻血が……。でないけど。


 て、おい!


 《不運の女神》ってなんやねん!


「もしかしてぇ、私が不運だということにぃ、心配してる?」

「は、はい。正直……」

「大丈夫よぉ。転生したら記憶も消えるんだからあ、大丈夫」

「それは大丈夫と言えるんですか」

「…………」


 黙るなよ! 不安になるわ!


「でも、でもでも、貴方は宇宙一安全な世界に転生させてあげるつもりよぉ」

「ほ、本当ですか……!?」

「ええ。ちょっと待ってねぇ。今、アクセスを……」


 サメイ様の笑みが薄れる。


「あらあ。ついこの間、違う神が転生者を送ってしまったみたいねぇ。これでは世界の秩序が崩されてしまうから、貴方は無理ねぇ」

「ええ…………」


 いつもはこんなことないのにねぇ。


 サメイ様はボヤきながら、また違う世界にアクセスするみたいだった。


「ここは……ダメねぇ。ここも……ダメねぇ。おかしいわあ」


 雲行きが怪しくなってきた。


 やがて、申し訳なさそうな顔でサメイ様が告げる。


「ごめんなさいねぇ……結局、一番危険な世界ーー《スマイミー》しか空きがなかったのよぉ……」

「そ、そうですか……」


 謝られても、貴方のせいではない。


《スマイミー》か……私だけかな。緊張感ない名前だって思ってるのは。


「多分、私だからだと思います」

「それは……どういうことぉ?」

「私、生まれた時からずっと不運で……出産直後は息もしてなかったみたいです。なんとか命は取り留めましたが。そのあとも、不幸なことが沢山あって……これも、私のせいだと思うんです」


 私のせいで、女神様を謝らせてしまった。申し訳ないのはこちらだ。


「私の不運がこれを招いたんです。なので、どんな難しい世界でも受けます」

「…………っ!」


 サメイ様は涙ぐみ、私を思い切り抱きしめた。


「え、え!?」


 困惑する中、サメイ様は言う。


「アタシと同じ境遇ねぇ。無視はできないわあ。このままでは、貴方は転生したとしてもずっと不運に悩まされることでしょうねぇ……」

「…………」

「アタシもねぇ、人間だった頃、よく財布を落としたのよぉ」


 ……そっか。この人も、不運に悩まされていた人なんだ。


「今は女神となって、不幸なことはなくなったけど……アタシは貴方をほっておけないわあ」


 サメイ様は私の両肩に手を置き、真剣な眼差しで見つめてくる。


「アタシの技を伝授してあげる。貴方はそれを使って、生き延びるのよ」

「は、はいっ!」


 にっこりと彼女は笑った。そして、右手を掲げる。


「《不運の女神》が命ずる。かの者に、【不運充電アンラッキーチャージ】の力をーー」


 サメイ様が手を下げる。


「これでよし。記憶も受け継げるようにしておいたわあ。貴方の不運は、生前のアタシよりも強力よぉ。きっと、すごい力になるわあ。本当に、頑張ってねぇ」


 白い光が視界を遮ったかと思うと、次の瞬間には違う場所にいた。




「かわいそうにねぇ……よりにもよって、あいつの世界とは……ッ!」

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