………男の体がゆっくりと傾きだしたかと思うと、そのまま派手な音とともに、床に倒れ込んでしまった。


しばらく待ってみたが、男が起き上がる気配は無い。

ひょっとしたら、また気絶しているのかもしれない。

前にも一度あった事なので、特に驚きはしない。


女は男が起きるまで待つことにした。


その間、女はまだ自分が生きていた頃のことをぼんやりと思い返してみた。

もう死んでしまった女には、動かせる手足も言葉を発する口も無い。

その肉体という肉体のすべてはバラバラに壊されて、真っ白な皿の上で山積みになり、そして男の胃の中で再び一つになろうとしている。


今の女に許された唯一の自由は、考えることだけだった。



女は確かに男を愛していた。


無償の愛といえば、確かに美しいものなのかもしれない。 

愛に見返りなど求めるべきではないのかもしれない。


けれど、女にとっての愛とは、そうではなかった。


男への愛情の裏には、こんなに尽くしてるのだから、同じだけ、あるいはそれ以上のものとなって返ってくるのではないかという、下心が潜んでいた。


女は孤独だった。

女には家族がいて、多くはなかったが仲の良い友達もいた。

それなのに女は、常に漠然とした孤独感を抱えながら、日々を過ごしていた。


女が少女の頃はその孤独感がどこから来るのか、何故そのように感じるのかわからず、ただ不安だけが募り、胸が押し潰されそうだった。

けれど大人になるにつれ、女は自分が抱える孤独感の正体を知った。


それが愛情の裏に潜む、下心だった。


私はあなたをこれだけ愛している。

あなたの為ならどんなことも出来る。

あなたは私の全て。

あなたも同じ。私があなたの全て。

あなただって私の為ならどんなことも出来るでしょう?

私と同じくらい、いえ、それ以上に私だけを愛してくれているはず。

そうよね。そうでしょう?

私はあなたにこんなに期待してる。

私にこんなに尽くされてるあなただから、きっと、もっと、誰にも真似できないような愛し方で、私のことを死ぬ程幸せにしてくれるはずでしょう。そうよね、だって私はこんなにも――――。



その強過ぎる想いに、応えてくれる人など、誰もいなかった。


女は絶望した。

何故誰も自分の想いを解ってくれないのか。

何故誰も私が想っているだけと同じ愛情を返してくれないのか。

愛していると言ったって、私と同じだけの愛情を示してくれないのなら、それは嘘だ。



何人目かの別れを告げる電話のあと、ふと、教室の端っこでひっそりと読書をする姿を思い出した。

どうして今になって、まともに話した事すらない男のことが頭に浮かんだのかはわからない。



けれど女は、何故だか無性に男に会いたくなっていた。

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