第32話 彩姫と念話

 午前0時。はしゃいでいた少女達が寝静まり、一ノ瀬家に何とも言えないもの寂しさが漂う時間帯。


 現在の家主である桔梗はと言うと、暗くなった部屋の中で、ベッドの上に仰向けに寝転がったまま天井を見つめていた。


 一見すると病んでしまったのかと心配になる光景であるが、桔梗は例え暗闇であっても視える為、明暗というのはこれと言って問題はない。ならば何故暗くしているのかと言えば、現在桔梗の部屋の机上で、スースーと穏やかな寝息を立てている可憐な妖精が居るためである。


 とは言え仮に見えたとしても、態々目を開けて起きている必要はない筈であるが──桔梗がこうまでして起きている理由はこの後すぐ様判明する事となる。


「…………お」


 ピクリと桔梗が反応を示す。その数瞬の後、


『……桔梗? 起きてる……?』


 という桔梗の様子を伺う様な控え目な声が、彼の脳内に響く。


 そう。実は皆とゲームをしている最中に、彩姫から『夜念話をして良いか』という確認が入っており、桔梗はこれに了承していたのである。その為、今の今まで寝てしまわないよう、目を開けるという極めて古典的な方法で対策をしていたのである。


 桔梗は念話を送ってきた彩姫へ言葉を返す。


『起きてるよ。……仕事は終わった?』


『えぇ、何とか今日の分はね』


『相変わらず忙しそうだ』


 桔梗は何とも言えない表情でそう言う。


 転移前、つまり彩姫と仲良くなる前は、当然彼女の事をあまり知らない。しかしそんな時でさえ、放課後すぐに帰宅する姿は見ていたし、彩姫が忙しいという話は桔梗もよく耳にしていた。

 ……まぁ、その話自体は誰かから聞いた訳では無く、周囲がコソコソと話していた内容を盗み聞いただけなのだが。


 桔梗の声に、彩姫は気概を示す様に力強い声音で、


『私が自分に課しているだけだから。疲れたら休む様にはしているわ』


『そっか。無理はしないようにね』


『……わかったわ。ありがと』


 彩姫の喜色の混じった、しかし照れた様な声音に、桔梗は微笑みを浮かべた。


 その後一拍開け、桔梗は本題に入るよう彩姫へと言葉を送る。


『──それで、今日はどうしたの?』


 桔梗の問いかけに、彩姫は一瞬口籠った後、


『その──迷惑……だったかしら』


『何が?』


『学校で異世界の時と同じ様に話しかけるのよ』


 彩姫の言葉に、桔梗は「その事か」と念話の理由を理解する。


 確かに、転移前まで何の関わりも無く、ひたすらに影の薄い桔梗へと、男が苦手で有名でかつ学校のマドンナ的存在である彩姫が、突然仲睦まじげに話しかけた事で、明らかにクラスの空気が変わった。


 ──男子から向けられる明確な、殺意にも似た憎悪の念。


 もしかすれば、それは人によっては辟易としてしまうようなものかもしれない。桔梗自身も、これから面倒な事が起こりそうだなとは思いもした。


 しかし──


『あぁ、別に迷惑でもなんでも無いよ。寧ろクラスメイトと関わるきっかけが出来て助かった』


『でも、今日すぐに帰った』


 普通ならば彩姫の方が先に帰った為、いつ帰ったかなんてわからない筈だが……恐らくサーチの魔法を使ったのだろう。これがあれば居場所はすぐにわかる。


 勿論、サーチされない様にもできるが、別段やましい事も無ければ、居場所がわかれば何かと便利なのを異世界の時から感じていた事もあり、互いに拒否せずにいるのである。


 彩姫の言葉に、桔梗は苦笑混じりの声で、


『あはは……悲しいかな、それいつも通りだから。別にこれ以上追及されないようにって逃げた訳じゃないよ』


『本当?』


『ほんとほんと。だから明日からも気にせず、いつも通りに話しかけて欲しいな』


 それが桔梗の本心である事が伝わったのだろう、


『わかったわ。……ありがと、桔梗』


 と、彩姫はクラスの皆が聞いた事ないような優しい声でお礼を言った。


 その後一拍置き、


『聞きたかったのはこれだけよ。……ごめんね、こんな遅い時間に』


『いえいえ。寧ろ彩姫の声が聞けてこっちは嬉しいよ』


『……なによそれ』


 か細い声でそう言った後、恥ずかしさをごまかす為か捲し立てる様に、


『と、とにかく本当にありがと。これでスッキリして眠れそうだわ』


『そっか、よかった』


『うん』


『『…………』』


 突然の静寂。


 ……なんだろう、終わらなきゃなのに何か寂しいな。


 深夜という時間がそうさせたのか、それとも異世界では同じ家に住んでいたのに対し、現在は離れ離れだからか。


 明日普通に顔を合わせるというのに、何故だか妙な寂しさを感じてしまう。


 そしてそれは彩姫も同様なのか、この様に互いが押し黙ってしまうという状況が生まれてしまったのである。


 ……とは言え明日の事を考えれば、当然終わらねばならない。


 彩姫もそう思ったのだろう、少しだけ物憂げな、しかし親愛を示すかの様に穏やかな声で、


『……それじゃ──おやすみ、桔梗』


『おやすみ、彩姫。また明日ね』


『うん、また明日』


 その言葉の後、互いに名残惜しさを感じつつも念話を終えた。


「…………」


 ふぅと息を吐く。


 そして少しだけ天井を見つめた後、桔梗は相変わらず彩姫は不器用だなと思いながら、ラティアナのムニャムニャという声の中、ゆっくりと目を瞑った。

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