不可逆過程

Phantom Cat

1

 槇原敬之の「SPY」という曲がある。


 俺は、まさにその曲の歌詞ほぼそのままの体験をした。それもつい二ヶ月ほど前のことだ。


 街で偶然見かけた彼女の姿に違和感を覚えて、尾行したら、男と会っていた。俺は二人がホテルに消えるまでずっと尾行していた。そしてそのまま数時間、俺はホテルの玄関前で硬直していた。それを解いたのは、玄関から出てきた彼女の悲鳴だった。


 "違うの!”


 何が違うの?


 "彼は取引先の……"


 ふうん。ホテルで二人きりで、何の取引?


 こんな風に、俺は淡々と彼女に対応していた、らしい。「らしい」というのは、その当時の記憶があまり定かではないから。


 沙智さち、おしあわせにね。


 そう言い残して、俺はその場を去った。彼女から電話がスマホに鬼のようにかかってきたが、メールも着信も全て拒否した。


 あの瞬間、俺の恋愛する心は凍り付いた。あんな思いはもう二度としたくない。だから、もう恋愛はしない。俺はそう心に決めていた。


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