6.真相と真相
鋼和市東区の一角を、自転車に乗った少年が風を切って走る。
七月下旬。快晴。どこまでも広い青空とどこまでも広がる白い入道雲、そして蝉の鳴き声がいかにも夏らしい。全身に纏わり付くうだるような蒸し暑ささえなければ最高の外出日和だ。
「ここ、かな?」
目的地に到着し、自転車を止める。
少年――
彼の前にはシックな造りをしたバーがあった。近代的な高層ビルが多い経済区において、静かな佇まいを感じさせる洒落た店である。
看板には【BAR~grace~】とあった。
「
不安になってメールの内容を確認しようとすると、
「あ、鹿野くん」
小柄な少女と合流する。
「ああ姫川さん、こんにちは」
「こんにちは」
クラスメイトの
夏休みとはいえ学校以外で会うのは今日が初めてのため、二人は互いの私服姿に新鮮味を感じた。
「姫川さんも来たってことは、やっぱりここで合ってるんだ」
「一人だとちょっと入り辛いよね」
恐る恐る店内に足を踏み入れた二人を控えめな音量で流れるジャズが出迎えた。その穏やかな曲調と深みのあるブラウンカラーの木材を使用したモダンスタイルの内装がベストマッチし、安らぎある空間を演出している。
酒やドリンクのボトルが整然と並んだカウンターでは、壮年のマスターが背筋を伸ばしてグラスを磨いており、新たな来客に微笑んで軽く会釈した。
予想通り、お洒落な店だった。むしろお洒落しかなかった。
「いらっしゃいませ。ご予約されていたお客様でしょうか?」
まだ学生の若者二人がその落ち着いた大人の雰囲気に戸惑っていると、マスターが気さくに話し掛けて来た。
「えっ、あーその、待ち合わせしてて、『クロサワ』って人が予約してませんか?」
「黒沢さんでしたら、あちらの奥の席にいらっしゃいます」
見ると奥のテーブル席から軽く手を振っている男の存在に気付き、そちらに向かう。平日だからか完全予約制なのか、他の客は数人程度で店内は閑散としている。
「よく来たね。迷わなかった?」
夏だというのに黒の上下を着込んで手袋までした眼鏡の男が、向かい側の席に二人を促す。彼の隣には緑色の瞳が印象的な美少女が座っていた。
「いえ、大丈夫でした」
二人が席に着くと、男は頷く。
「改めてこんにちは、リアルでは初めまして。FOLではクロトこと黒沢鉄哉です。探偵をしています」
「ユミの中の人をしてます、安藤美優です。黒沢の助手をしています」
クロガネと美優の自己紹介に、隆史と和美も続く。
「あ、初めまして。ガーノこと鹿野隆史です。高校一年生です」
「姫川和美、同じく高校一年です。ヒメノの中の人です」
「……よし、それじゃあ四人揃ったことだし」
最年長であるクロガネが、場を取り仕切る。
「オフ会を始めようか」
ガーノとヒメノが無事にFOLからログアウトして現実世界に帰還したのはつい二日前のこと。二人の元にクロトからのメールが届いた。
内容は「全員の安否確認も兼ねてオフ会をしよう」という旨が書かれてあった。
未帰還者一歩手前になり掛けた恐怖と、今後のFOLでプレイすることの相談をしたかったこともあり、二人は今回のオフ会に参加すると希望して今に至る。
「それであの後、どうなったんですか?」
各々注文したドリンクで喉を潤した後、隆史が『非常口』から脱出した後の出来事についてクロガネに訊ねる。
「君たちが脱出した後、ギリギリのタイミングで俺も脱出できた。だけど、俺を庇ったユミは例のNPCに撃たれてFOL内に取り残されてしまった」
隆史と和美が息を呑む。
「それじゃ未帰還者に……って、あれ?」
目の前でピンピンしているユミ=美優に和美は戸惑う。
「ちゃんと対策はしていましたよ。むしろ、疑似的に未帰還者となった後からが本領発揮でした」
ガイノイドであることは伏せて、美優は真相を語る。
「何重にも防御策を用意していたお陰で、私は意識を保ったまま一時的に〈日乃本ナナ〉のサーバーに繋がったんです」
「サイバーマーメイドに?」
「はい。そこで知ったことの結論から言ってしまえば、未帰還者を生み出した例のNPCの正体は〈日乃本ナナ〉でした」
「はぁッ!?」
「ええッ!?」
仰天する隆史と和美。少し離れた席にいた客が思わず振り向いたため、二人はそちらに頭を下げてから美優に向き直る。
「厳密には、未帰還者の原因が〈日乃本ナナ〉にあったわけで、彼女は犯人ではありません」
「いや、でも何だって〈ナナ〉が……」
「実は現在世界中で配信されているFOLそのものが、サイバーマーメイドを攻撃するウィルスだったのです」
あまりに衝撃的な真相に絶句する。
自分たちが楽しく遊んでいたゲームそのものが、世界中の人間の生活と安全を管理しているAIにサイバー攻撃を仕掛けていたと美優は言うのだ。
「ファンタジー・オブ・リバティ――通称FOLを開発したジョイフルソフトは、約三ヶ月前に稼働したばかりの〈日乃本ナナ〉とユーザーデータの保護目的としてバックアップ契約を結びました。それが今回の事件の始まりです」
バックアップ契約とは、ゲーム会社側のサーバーが何らかの原因で機能停止した際や個人情報の流出を防ぐ目的でサイバーマーメイドと取り交わす契約のことである。現代においてはゲームのみならず、個々の情報を厳重に管理・保護できる安全性と信頼性の高さからサイバーマーメイドとバックアップ契約する企業や個人は数多い。
「悪意ある何者かの意図で仕組まれたプログラムによって、〈日乃本ナナ〉を構成しているデータがFOLに登場するモンスターの姿に置き換えられていたのです。私たちが散々倒してきたモンスターは全て〈ナナ〉の分身であり、高レベルプレイヤーの居るパーティーが優先的に狙われていたのは〈ナナ〉にとって深刻な脅威として認識されたからです。
独自調査の結果、サイバー攻撃の出処の大半は世界中に居るFOLユーザーでした。現在まで〈日乃本ナナ〉のセキュリティがウィルスを除去した報告は357件。これはFOL内で未帰還者になった人数と合致します」
「そんな……」
「私たちが、ウィルスだった……」
自分たちを含め世界中のプレイヤー達が何も知らないまま〈日乃本ナナ〉、ひいては日本に対するサイバー攻撃に加担していた事実に、隆史と和美は言葉を失う。
「当然、ウィルスを除去するために〈ナナ〉もセキュリティプログラムを実行する。そのセキュリティの正体がこいつらだったんだ」
クロガネは卓上に一枚の写真を置く。写真には例のNPC――近代的な装備で固めた黒い兵士たちが写っていた。
「今にして思えば、ファンタジーから掛け離れたこの装備もウィルスを圧倒する性能が反映されたのだろう」
「ちなみに運営側が【大規模メンテナンス】と称してFOLを停止している今現在、〈日乃本ナナ〉がネットに厳重保護していた未帰還者のソウルデータを解凍しています。PSギアを介して未帰還者の意識が順次戻る予定です。早ければ今日中か明日にでも全員の意識が戻るでしょう」
美優曰く、〈サイバーマーメイド・日乃本ナナ〉がプレイヤー達を誰一人殺さずに未帰還者として『一時保護』していたのは、AIとしての自己防衛機能が働いたからだという。
人類の管理者であり守護者である高性能AIが殺人を犯したら人間たちの怒りを買い、自身を含め全てのサイバーマーメイドの存在意義が問われ、最悪消去・解体されてしまいかねない。
かといって、黙ってウィルス化した人間に破壊されるわけにもいかない。
そこで電脳空間内にプレイヤーの意識を一時的に保護することで、現実世界では死者ではなく未帰還者として扱わせる。そしてウィルスの大元であるFOLの運営が停止し、脅威が去ったことを確認した後、保護していたプレイヤー達の意識――ソウルデータを解凍して現実世界に帰還させる段取りだったらしい。
「ちなみに今話した内容は、真犯人の捜索に警察と連携していることも併せて近々〈日乃本ナナ〉が公表する予定です」
未帰還者事件が収束に向かっていることを知った隆史と和美は安堵した。
「……あの、素朴な疑問なんですけど、こんなに騒ぎが大きくなる前に運営や〈ナナ〉がFOLを止めなかったのはどうしてですか?」
和美が軽く手を挙げて質問する。
「運営側には『大人の事情』があった。ゲームの運営管理や会社の維持費、スタッフの給料や今回の未帰還者に対する補償などの一部はユーザーの課金によって賄われている。課金という名の収入源が消えてしまいかねないから、FOLを止めることが出来なかったんだ。これには〈日乃本ナナ〉も驚いただろう。すぐに解決すると思っていたら、結果的に未帰還者は増え続けて騒ぎが大きくなってしまったわけだから」
クロガネの解説に美優が続く。
「〈日乃本ナナ〉の方はAI由来の自己防衛機能を最優先した結果ですね。自身のサーバーとそこに保存してある個人情報を守るためにサイバー攻撃を仕掛けた人間を未帰還者にしたけど、拠点であるFOLには攻撃しなかった……というより、出来なかった。人間の免疫細胞に例えるなら、体内に侵入してきたウィルスや細菌を殺すけど、ウィルスの発生源そのものには何も出来ないのと同じ理屈です」
なるほど、と納得する隆史と和美。ウィルスの温床になってしまったとはいえ、企業の財産には干渉できないAIの盲点を突かれた形だ。
「……これからFOLはどうなるんですか?」不安げに隆史が訊ねた。
「その質問は関係者に教えて貰おう」
クロガネは手を挙げると、離れた席にいる先程の客二人が寄って来た。
戸惑う隆史と和美に、クロガネは新たに現れた二人を紹介する。
「こちらは今回の事件調査を俺たちに依頼してきたジョイフルソフトのプロデューサー、立石健吾さん。その隣が鋼和市中央警察署の清水刑事だ。ちなみに、今までの話は二人とも聞いていたから」
クロガネは通話状態のPIDを見せる。
「初めまして、ジョイフルソフトの立石です」
「刑事課の清水です」
立石は学生二人にそれぞれ名刺を渡し、清水は警察バッジを見せた。
「まずはお礼と謝罪をさせてください。私たちが作ったFOLをプレイしてくれてありがとうございます。そして今回の事件に巻き込み、危険な目に遭わせてしまったことについては深くお詫び申し上げます」
呆然とする隆史と和美に、立石は深々と頭を下げた。
「それでFOLの今後に関しましては本社の公式サイトにも掲載しますが、未帰還者全員の回復と違法プログラムの修正、そして事実公表と警察の協力による犯人の捜索などを並行して行うため、FOLの方はしばらく配信休止となります」
「そう、ですか……仕方ありませんね」残念そうに納得する隆史。
「再開はいつ頃になりますか?」和美の質問に、
「未定です。少なくても、今回の状況が落ち着くまでは。しばらくお待ちになって頂くことになります」
「そうですか……」和美も残念そうに俯く。
二人のように、FOLに自分の居場所や楽しみを見出したユーザーやファンも大勢いることだろう。その事実にプロデューサーである立石は嬉しく思う一方、心苦しくもあった。
「犯人の捜索に関しては、警察の他に〈日乃本ナナ〉を開発した獅子堂重工も全面協力するとのことだ」
クロガネの目配せに、清水が頷いて後に続く。
「今回の事件に関しては会社側がサイバー攻撃の隠れ蓑にされた被害者であり、真実を公表すれば世論も味方してくれる見込みがあります。FOLの配信そのものが中止になる可能性は低い筈です」
現職の刑事の言葉に、二人は幾分安心した様子だ。
「……警察の捜査本部とジョイフルソフト本社に今回の調査報告も含めた資料をデータ送信しました。確認の後、それぞれ容疑者逮捕と再発防止に役立ててください」
ちゃっかり探偵としての仕事を済ませた美優に、
「ご協力に感謝します」清水は苦笑し、
「いつの間に……」立石は少し驚いた。
クロガネが立石に向き直る。
「ここまでの会話とお送りした報告書の内容は、立石さんから受けた依頼の達成に値するものだと当探偵事務所は判断しております。後ほど改めて話し合いの席を設けさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「……解りました。一度会社に戻って確認と報酬の用意をしますので、明日の午前十時頃にそちらの事務所へ伺ってもよろしいでしょうか?」
クロガネは手帳を取り出し、スケジュールを確認する。
「明日の十時ですね……大丈夫です」
「ではまた明日に。よろしくお願いします」
失礼します、と立石は一同に会釈してその場から立ち去った。
「私も捜査に戻るのでこれで失礼します」清水も一礼すると去り際に、
「……夏休みだからと言って夜更かしや夜遊びはせず、宿題はしっかりな」
フランクな口調で学生二人に釘を刺した。
「さて」
それとなく立石と清水の退席を促したクロガネは、隆史と和美に向き直る。
「……仕事だったとはいえ、オフ会の場にこちらの事情を入れて申し訳ない」
クロガネは深々と頭を下げ、「ごめんなさい」と美優もそれに倣う。
突然の謝罪に隆史と和美は驚き、狼狽えた。
「い、いえ、お気になさらず」
「気にしていませんから」
「そう言って貰えると助かるよ」
苦笑したクロガネはメニュー表を開く。
「お詫びというのも何だけど、各自飲み物以外は俺の奢りだ。遠慮なく好きな物を頼んでくれ」
「飲み物込みで全部奢りと言わない辺りセコイですね」美優の冷静な指摘を、
「オフ会の各自参加費だ」余裕で返す。
「いい性格をしてます」
「照れる」
「褒めてません」
探偵コンビの掛け合いにクスクス笑う隆史と和美。
その後、四人はFOLでの冒険譚に花を咲かせ、オフ会は大いに盛り上がった。
***
オフ会は夕方で解散した。帰路に着いていた隆史は自転車に乗って信号待ちをしていると、PIDがメールの着信を知らせた。
「黒沢さん?」
内容はすぐに会って話をしたいとのことだ。場所は先程のバーである。帰りは遅くなると家族には伝えていたオフ会が予想以上に早く終わってしまって多少時間を持て余していたのだ。断る理由もない、来た道を引き返した。
バーに戻ると、先程と同じ席にクロガネと美優が揃って待っていた。
軽く会釈して対面の席に着く。
「突然呼び戻して悪かったね」
「いえ、でも急にどうしたんですか?」
「ちょっと確認したいことがあって。流石に姫川さんが居る場では話し辛い内容だったから」
和美には聞かれたくない話らしい。
「こちらはサービスです」
人数分のコーヒーを用意してくれたマスターに礼を言う三人。マスターがカウンターに戻ったのを確認したクロガネは、口を開いた。
「単刀直入に言おうか。今回の事件で、君は同級生六名を未帰還者に追いやったね?」
隆史は口元に運ぼうとしたコーヒーを止め、カップを
「……何の話ですか?」
感情が消えた声音で隆史は訊ねると、美優が鞄から一枚のリストを取り出して卓上に置いた。
「これは一週間前に廃城ステージで未帰還者になったパーティーメンバーのリストです。ちなみに彼ら全員の意識は今、無事に現実世界へ帰還しています」
隆史に差し出されたリストにはプレイヤーネームとクラス、そしてレベルが記載されてあった。
カズ 剣士(Lv.28)
サトシまたの名をタケシ、普段はジェイソン菊池 騎士(Lv.52)
ユーリ 魔術師(Lv.24)
ナナたん萌え 魔導師(Lv.51)
ラーメンは醤油派! 神官(Lv.48)
Dan 忍者(Lv.43)
「そしてこちらが、現実世界における彼らの顔写真と本名になります」
美優が顔写真付きの新たなリストを提出すると、隆史の顔色が変わった。
それを見逃さなかったクロガネが追及する。
「彼らの顔に見覚えがあるね?」
「……いいえ、知りません」
カップに視線を落として隆史が否定する。
「彼らは全員、君と姫川さんと同じ高校に通う一年生だ。そしてその内高レベルの四人は君のクラスメイトであることも調べがついている。
ジェイソン菊池こと菊池聡、
ナナたん萌えこと伊藤新之助、
ラーメンは醤油派! こと内田祐樹、
Danこと岸田直人。
彼らとは同じ中学出身で、よく君をいじめていたそうだね? さぞ恨みもあっただろう。それこそ、未帰還者にしてしまうくらいに」
犯行動機としては充分だとクロガネは語る。
「何を根拠に?」
隆史の反論に美優が応える。
「きっかけは初めてギルドで会った時のことです。ヒメノさんにこう言いましたよね? 『ジェイソン達が例のNPCにやられた。仇を討つのに協力してくれ』と。その一言から少なくとも知り合いの関係にあったことが想像できました。そして例のNPCに関する手掛かりはないかと未帰還者になった彼らのことを調べた結果、先程クロガネさんが話した内容に至ったわけです。そして何よりも」
美優は更にもう一枚リストを出した。
「FOLの
【アンデッド討伐(推奨Lv.48)クエスト参加メンバー】
カズ 剣士(Lv.28)
サトシまたの名をタケシ、普段はジェイソン菊池 騎士(Lv.52)
ガーノ 重騎士(Lv.52)
ユーリ 魔術師(Lv.24)
ナナたん萌え 魔導師(Lv.51)
ラーメンは醤油派! 神官(Lv.48)
Dan 忍者(Lv.43)
【途中離脱者】
ガーノ 重騎士(Lv.52)
「この程度の難易度でガーノがあっさり倒されてしまうことはありえません。それは私たちがよく知っています。例のNPCが出現して廃城に閉じ込められる前にログアウトしたのでしょう?」
「FOLを始めたきっかけを話してくれた時、君をいじめていた連中の裏付けが取れた。同時に君が彼らを意図的に未帰還者に追いやったのではないかと調べた結果、ここまで状況証拠が出て来た。偶然にしては多すぎる」
「……でも、決定的な証拠じゃないッ」
焦った様子で食い下がる隆史。
「……廃城ステージに挑む前日の夜、彼らとチャットしましたね。内容は、廃城ステージのクエストに挑もうと貴方から提案したものです」
「なッ!?」
美優が淡々とそう言うと、隆史は驚愕して自身のPIDを見る。
「ログは全部消した筈……あ」
自ら墓穴を掘った。
「ええ、確かに全部削除されていました。なので、サルベージしておきましたよ」
「ウチの助手は電子戦の専門家だ。FOLの脱出劇から解る通り、ハッキングもお手の物だよ。それと、ここまでのやり取りは全部録画させて貰ったから」
さらりと涼やかに語る美優の横で、テーブルの端の置かれたPID(録画モード中)を指差すクロガネ。他にも録画機能のある特注の眼鏡を掛けているのだ。抜け目がないというより徹底している。
がっくりとうなだれた隆史は、観念して語り出す。
「……ゾンビ討伐のクエストで話したことは、嘘じゃないんです。FOLがきっかけでいじめられなくなったのも、姫川さんが変わったことも……でも」
悔しそうに涙を流し、鼻をすする。
「でも、あいつらまでFOLを始めた途端、あっという間に俺よりも強くなって、またいびられるようになって……!」
FOLはVRMMOだ。戦闘時のプレイヤーの実力は現実世界での運動神経やスキルが反映されるため、元々運動が不得意であったガーノはジェイソン達に追い抜かれてしまった。その結果、FOLを拠り所にしていたガーノの優位性は消え、再びいじめの兆候が見られたという。
「あいつらが自分の友達をFOLに誘ってきたら、パーティー内でも俺だけハブられるようになって……俺が頑張って築いてきた居場所も奪われてしまったようで……せっかく変われたのにまた惨めな思いをする、姫川さんもまた嫌な思いをするかもしれない。そんな時、廃城で黒い兵隊と遭遇したら未帰還者になるって噂を聞いて……それで……ッ」
言葉に詰まる隆史の後をクロガネが引き継ぐ。
「それで彼らを廃城のクエストに誘って置いてきたと」
すすり泣きながら隆史は頷く。
「でも、まさか……ここまで大きな騒ぎになるなんて思いもしなかった……!」
隆史も噂に対しては半信半疑だったのだろう。時系列的に未帰還者の話題が大きく取り扱われるようになったのは、ジェイソン達が未帰還者になったすぐ後だ。
「それで罪悪感から彼らを助けるためにヒメノ……姫川さんにも協力を要請したと」
「はい、そうです……」
力なく頷く隆史に、美優は訊ねた。
「そこまで恨んでいた連中を未帰還者にしたら、後は知らぬ存ぜぬ関わらぬで通せば良かったのでは? 助ける義理もないでしょう?」
「俺もそう考えてはいたんです。でも、何と言うか……それをしたら、この先ずっと後悔するというか……とても嫌な感じがしたので……」
上手く言葉に出来ない隆史だったが、その内に秘めた想いをクロガネは察した。
「良心の呵責か」
「……そう、ですね。そうかもしれません」
クロガネは感心する。
「君は強いな。普通は自分を苦しめた人間を救おうとはしないし、罪悪感を抱こうともしないだろう。その点で言えば、君は君をいじめていた連中より遥かに立派だよ」
確認は以上だ、と言って席を立つクロガネ。慌てて美優も続く。
「……これから俺はどうなるんですか?」
隆史は緊張した面持ちで二人を見上げる。
「何も? 事件は解決した。今さら君を警察に突き出したところでややこしくなるだけだ。罰が欲しいなら、今回君が抱いた罪悪感を決して忘れないことだな」
じゃあな、と手をひらひらさせてクロガネは去っていく。
「失礼します」ぺこりと頭を下げて、美優も彼に続いた。
一人残された隆史は、警察に突き出されなかったことに安堵し、
「抱いた罪悪感を決して忘れるな、か……」
クロガネの言葉を
それは「一生罪と向き合い続けろ」と同じ意味だ。
足を投げ出し、天井を仰ぐ。
「……重い罰だ」
ぽつりと呟いたその一言は、不思議と自身が納得するに足るものだった。
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