機巧探偵クロガネの事件簿2 ~VRと現実とブレイクスルー~
五月雨サツキ
プロローグ
実在した中世の城をモデルにした廃城ステージを、一人の騎士が全力で走る。
夕暮れが彼と周囲のオブジェクトの影を伸ばし、演出として吹かれる風が木々をざわめかせる。
臨場感を掻き立てるBGMが鬱陶しく、焦燥感だけを募らせた。
ただ走る。所々ひび割れた石畳を蹴って追手から逃れるために、必死に足を前へ前へと動かす。
体力は切れることはないが、精神は疲弊し、摩耗し、すでに限界を迎えていた。
無意識に存在しない筈の酸素を貪り、息を切らせる。
走る速度を落とさず崩れた城壁を跳び越え、角を曲がり、物陰に身を潜めた。
「ハァッ! ハァッ! くそッ! どうして
苛立ちながら背を預けた壁を殴る。
今回のクエストは廃城に居ついたアンデットモンスターを駆除するといった、ありふれた内容だった。
いつも通りの装備で、いつも通りのパーティーメンバーで挑み、いつも通りクリアして報酬を手に入れる……筈だった。
「どうして……どうして……ッ!?」
手にしていた長剣――このゲームではレアなミスリルソードの刀身に自身の姿を映す。
細部にまで細かい装飾が施された甲冑を身に纏った若い騎士の男だ。
現実の素顔とはかけ離れた凛々しい金髪碧眼の美青年に設定してあるが、恐怖で今にも泣き崩れそうな情けない顔をしている。
カタカタと、剣を握る手が震えた。
――途中までは順調だったのだ。廃城に現れた
一瞬、何かの
砕け散ったガラスのように仲間たちが消え、逆上した一人が『敵』に斬り掛かったがすぐに返り討ちにあった。
すぐさま
逃げる途中で一人、また一人と仲間が『殺され』、ついに残ったのは自分一人。
ゲームを管理している運営側のトラブルかバグかと思ったが、連絡手段も断たれている。
このゲームは拠点としている街からクエストを選ぶと自動的にそのステージへ転送されるため、徒歩で別のエリアに移動することが出来ない。
左腕に備え付けられたコントローラーを操作し、メニュー画面を開いて
この
要するに、この廃城ステージに閉じ込められた。
救援要請をしようにも通信自体が死んでいる。
脱出は不可能。
「どうして……ッ!」
ゲームの世界なら『殺されて』も現実に死ぬことはない。
どんなにリアルだとしても所詮はゲームだ、明確な線引きがされている……筈なのに。
「どうして……ッ!」
――無数の足音が聞こえる。
仲間の『悲鳴』が、耳にこびりついて離れない。
あれは、
――無数の足音が近付いてくる。
耐え難い激痛と苦痛、そして現実に生へ執着した者が発する断末魔の叫びだった!
――足音が、止まった。
この世界は剣と魔法を駆使して幻想のモンスターを倒していくファンタジー系のゲームではなかったのか!?
「何なんだよ……」
顔を上げた、その視線の先。
頭からつま先まで黒い金属製の防弾スーツを身に纏い、自動小銃で武装した近代的な兵士が居た。
現実の軍隊のように訓練が行き届いているのか、無駄なく整然と横一列に並び、銃口をピタリと生き残った騎士に向けている。
ガスマスクに似た形状の仮面を着けているため一切の表情が窺い知れず、赤く光るレンズ状の眼が薄闇に浮かび、その視線はブレることなく騎士を捉えていた。
「何なんだよッ!? お前らはッ!?」
剣を振りかざし、雄叫びを上げ、この世界で異質にして異形な『敵』に向かって突っ込んだ。
だが騎士の決死の覚悟は、勇気を奮い立たせた彼の叫びは、何重もの銃声によって掻き消された。
殺到した銃弾の群れは、紙切れのように騎士の鎧を貫き、抉り、引き裂いた。
銀の聖剣は刀身が半ばから折れ、粉々になって消えていく騎士の姿を映し出す。
――嵐のような轟音が途絶えた時、勇敢に闘った勇者たちの姿は一人も存在せず、黒ずくめの兵隊たちは煙のように廃城から消えていた。
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