第16話 パラレルワールドってやつだよ
京子との電話を切って、道を歩こうとする。視界が歪む。目がまわるような気分になってしゃがみこんでしまう。見慣れた町。どうみてもぼくの家から数十メートルの地点なのに、ぼくの家はここになくて、ここが何処かわからない。
ああくそ、”タイムトラベル”か。そのせいだよなこれは。
5分くらいへたり込んでから、もう一回だけ自分の家に行ってみようかと思う。今度は母親が出てくるかもしれない。そう思う。そう思いたい。けれど、それは止めて京子の家に向かった。「どう見ても自分の家なのに知らない人、でも自分の母親に似たおばさんが住んでいる家」というものの存在は強烈だ。二度と目にしたくない。
京子の家の前までくると、京子は二階の窓から家の前の道路を見下ろしていて、目が合った。手をあげて合図する。
「大丈夫?」ドアを開けて心配そうな顔をする京子に一瞬、猛烈な怒りを感じたが堪えた。「水くれない?」っていって靴を脱いで上がり込んで、京子の家のリビングのソファに腰を下ろした。京子はグラスにウィルキンソンのジンジャーエールを入れて持って来てくれた。炭酸が強いけれど半分くらい一気に飲んだ。
「で、家がなかったの?」
飲んでる途中で、待ちきれなさそうに京子が質問する。
「そうじゃない。ぼくの家はあったんだけど、ぼくの家じゃなかった。お母さん……母親じゃないおばさんが出てきた」
京子はふんふんうなずいてから、無言で何かを考えている。ぼくは飲みかけのジンジャーエールをもう一口飲んで、ソファのサイドテーブルに置いてから、あることに気づいた。
タイムトラベルの日、京子の家のリビングにこんなソファは無かった。
タイムトラベルの前、京子の家には木でできた大きめのダイニングテーブルがあって、座って紅茶を飲んだとき、こんなソファは目に入らなかった。子どものころからずっとそうだ。ダイニングテーブルはいまたしかにソファの後ろにあるが小さい。色も黒みを帯びた木の色なんかじゃない。もっと安い感じの小さなテーブルだ。
「京子、ここ本当に京子の家?」ぼくはそう質問した。長い髪で三白眼気味の京子の見た目は変わっていない。着替えたのだろう、青っぽいワンピースを着ているが、僕の知っている……と言っても小学校以来10年ぶりくらいに再会して強引にタイムトラベルさせられた時のままだ。たぶん。
京子は少し考えてから答えた。
「わたしの家だよ。ここ。この服もわたしのだし」
「こんなところにソファあった?記憶にないんだけどさ」
「なかったね」あっさりという。
「親御さんはどうしてるの?」
「いないね」またあっさりというね。
「いないね、じゃなくないか?心配じゃないの?」
なんだろうなこの会話は。というか、タイムトラベル前も京子の親御さんはいなかった。気になんないもんかな。
京子はそのまま黙った。何か考えるように、右の上の方に目を動かしたりはするけれど、ぼくの方を向いたまま。ぼくは耐えられずにサイドテーブルに置いたジンジャーエールを取って飲む。
「長井さ、謝りたい」そう京子が切り出したのはちょっと経ってからだ。「これ、わかってると思うけど、タイムトラベルのせいだよ」
だろうなあといか思えない。もはや腹も立たない。
「ほかに思い当たる節がないから、それはわかる。なんというかさ、過去を変えたから、こうなったってことでいいのかな?」
「なのかな、って思う」
少しあいまいな口調で京子は答える。おいおい勘弁してくれよ。
「大学だっけ?大学院だっけ?タイムマシンだかの研究してたんだよね、コレなんとかならないのか?」
「どっちにしろ、もう一度タイムマシンに乗るしかないと思うのよ。もう一度乗って、また過去を変えるの」
京子はぼくの方を見ないでしゃべっている。
「今いるここがいわゆるパラレルワールド。私はきみを元の世界に戻す義務がある」
京子はぼくの方を窺うように見た。まあ本当に酷い目に遭ってるけど、もはやどうしようもない。頼れるのはこの同い年の女の子しかいないんだよ。やるしかない。あの怪しいタイムマシンにもう一回、乗るしかない。
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