第8話 メリットのある話
京子の家のリビングは白を基調とした壁紙に、黒い木の大きなテーブルセットが良く映えて、子どものころと何も変わらない。違うのはぼくだろうね。テーブルも我が家よりもずいぶんと高級だったんだと今更ながら気づいて、少しは大人になったんだと改めて思う。無職だけど。
京子はガラスのティーポットで紅茶を淹れて、高そうなティーカップに注ぐ。
「コーヒー、ほんとうに飲めないの?」不満げに。
「苦いの、苦手なんだ」子どもっぽいといわれているようで、あまりいい気分がしないんだよな。
京子はそのまま紅茶に何も入れず、テーブルの向かいの椅子に座って、なにか思案しているような顔をしていた。ぼくはミルクだけを入れて飲む。
「タイムマシンだけどさ」ほらきた。「一緒に乗って欲しくて」話しながら京子は紅茶に口をつける。
どう答えていいのか、「そう」くらいしかいえないんだよな。
「あんまり信じてないでしょ」
「あんまりというかね」信じてはいないんだ。悪いなと思うけれども。
「なら逆にさ、乗ってもいいんじゃないの?」
失敗したかな。面倒くさいなと思うのは、京子は至って普通のテンションで、目つきがおかしいということもなく、ごく正常に見える。親御さんに確認してみたい気もするけれど、留守ではいかんともしがたいし、帰ってきてぼくと会ったとすると、子どもの時ならいざ知らず、ぼくは今となっては23歳無職の怪しい男なんだろうから、正直あまり会いたくない。
「なんでそこまでぼくに乗って欲しいの?」ぼくは質問に対し質問で返した。わからないことが多すぎるんだよ。
「二人乗りなんだよ。見たでしょ」
「一人では乗れないもんなの?」
「片道切符になるの。再突入できない。アーサー・ハントの話、覚えている?」
またハントさんか。もういいよ。ぼくは答えずに紅茶に口をつけて、ゆっくりと飲む。
京子はぼくを見ないで、ゆっくりと話しはじめた。独り言のように。
「あのさ、私はさ、いま仕事をしていなくて。大学に籍もないの。それでさ、何とかしたいのよ」
「なんとか?それでタイムトラベル?」
「馬鹿にしてるでしょ」
「してないけどさ」
なんというか、彼女は彼女で大変なんだろう。大学だか大学院だか、どうなったのかはわからないけれどさ。でもそれでタイムマシンってのはちょっと極端というか、思い悩んで精神を病んだということだろうか。
「そう。突飛な話だけど、いちどだけ信じてみて欲しい。いま私は、長井しか頼れる人間がいないの。そしてこの話は、長井にもメリットがある」
京子は徐々にボルテージを上げて早口で話している。
「長井はさ、現状をどうにかしようって、思わない?」京子は問いかけてきた。
「まあ、確かにね」ほかにどう答えろって? 23歳通信制高校いちおう卒、職歴無しの無職ながら、現状には満足しておりますって?
「私たちは今23歳で、平日の昼間っから集まってこんなことをしている。でも、長井が協力してくれれば、それは変わる」
ぼくは両手を顔の前に上げて、「もういいよ」といった。
「わかったけど、余計なお世話だよ。招いてくれてありがとう。帰るよ」
「長井、悪かったけど」
「もういいんだって」
そういって、ぼくは帰ろうとした。
「待って」江上京子はぼくを止めて、「一万! 」一万円札をぼくに押し付けた。
「明日、また来て欲しい。来なければ、一人で行く。その時は片道切符だから、もう会えないから」
京子は玄関で「夕方! 6時までは待つから!」といって玄関までぼくを見送った。
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