第5話 ハツカネズミ
江上京子は両端がすぼまった黒い茶筒のような、彼女が”飛翔体”と呼ぶモノを持って、話し始めた。
「そもそもでいうと、これが見つかった時、なんなのかわかった人はいなくて、みんな今みたいな反応だったわけ。だから、その反応はおかしくないよ」
そういってから、江上は”飛翔体”をぼくに手渡した。手触りは金属なのか、樹脂なのか、判別つかない。
「これを見つけた人は、アーサー・ハントという名前で記録されている。アメリカ人だって。本当にそういう人がいたのか、誰も知らないけれどね…」
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”アーサー・ハント”は家にたどり着くと、妻の頬にキスだけして、まっすぐ自室に籠った。自分がおそらく、ビル・ゲイツやトーマス・エジソンのような男として記録される可能性があることを、ある種の畏れと共に理解したからだった。
しかし間違いなら?高校教師としての地位を失い、詐欺に引っかかった間抜けか、詐欺師そのものとして糾弾される可能性がある。なにしろこれは、「テレポート」をする物体なのだ。質量保存の法則、エネルギー保存の法則を覆している可能性まである。
ハントはその装置を「生徒から」入手したといわれている。「自分で発明したのではない」と記録に残している。ではその生徒とは?誰もが疑問に思う点は、政府がすべてを黒く塗りつぶした後、誰にもわからなくなった。
ハントはまず、自室に転がっていたネジをその物体に入れ、電流を流した。ブンという音とともに物体は消え、約10秒後にまた現れた。ハントはネジを取り出し、記録した。「ネジに異変はない」こうした記述から、ハントは発明者ではないと広く受け入れられている。でなければ、何故ネジを入れたのか?自ら作ったのであれば、その必要はないはずだ。次にハントは着けていた腕時計を時刻を確認してから入れた。約10秒後に戻って来た時計は33分17秒進んでいた。
ハントが恐怖をハッキリと感じ始めたのはその瞬間からだった。
翌日、ハントは車を運転し、ペットショップに行って爬虫類の餌として売られている生きたハツカネズミを5匹購入した。自室に戻ったハントはそのうちの1匹を慣れない手で装置に押し込んだ。
約10秒後に戻って来たネズミは全く動いていなかった。ハントは震える指で白い毛の生えた腹に触れたが、脈動がないのは明白だった。
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「ちょっと待て!」
ぼくは話がそこまで進んだ時、声を上げた。
「ネズミは死んだんだろ?それに乗るっていってなかった?冗談じゃないよ!」
江上は平然としていた。
「オットー・リリエンタールはグライダーが墜ちて死に、オービル・ライトは飛行機の墜落で重傷を負った。でも今、みんな飛行機に乗ってるでしょ」
「それは今飛行機がほぼ安全になったからだろ」
「だから、安全に、なったんだって」
噛んで含めるように江上京子は言って、話を続けた。
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