咲と渉の場合

一話

 私は牧野咲まきのさき

 現在、大学4年生だ。

 長かった就活も無事終え、開放感に満ちている。

 そんな中、私には恋人ができた。

 その恋人の名前は、立花渉たちばなわたる

 彼とは同じサークルで、話も合い、私は彼の優しいところに惹かれて私から告白し、今に至る。

 私は今、渉とのデートの待ち合わせをしているのだが…渉が時間になっても来なかった。


「渉…寝坊でもしてるのかな?」


 そんな独り言をつぶやき、私ははぁーっとため息を漏らした。

 彼を待っている間、私は行きかう人々を見る。

 この中にもしかしたら息を切らせ走ってくる渉が来るかもしれない、そう思ったからだ。

 そんな人ごみの中に渉ではないが、見覚えのある人物がいるのを発見した。

 その人の名前は阿部圭あべけい

 渉の友達なのだか、私はどうも彼が苦手だった。

 たぶん、阿部くんも私のことが苦手…を越して嫌いなのだと思う。

 だって明らかに阿部くんが渉を見ている目は異常だったから。

 最近、渉が言っていた悩みを思い出す。

 『何者かにずっと見られている、そんな感覚がある』と渉は言っていた。

 私は、その原因が阿部君なのではないかと思っていた。

 だけど、思いきってそれを言えない理由があった。

 その理由とは私の友達、神山芽衣かみやまめいが阿部君のことが好きだからだ。

 確かに、阿部くんは顔がいいのも人当たりがいいのもあって私の大学ではモテる部類の人間だった。

 でもそれは表向きだけだ。

 表向きしか知らない芽衣は阿部くんの本性を多分知らない。

 言ってもたぶん、信じてもらえないだろう。

 だから、思いきって言えなかったのだ。

 その思いきりのなさが後に、とんでもない後悔と恐怖を与えることになるなんて私たちはまだわからなかった。

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