三国志・リバース

黒井丸@旧穀潰

第1話;復活の三国志

「うおぉぉぉぉぉ!!!!長兄!!!!!会いたかったぜぇぇぇ!!!!」

「痛てててててててて!!!!益徳!うれしいのは俺も同じだが、背骨が折れる!マジで折れるから、少し押さえろ!」ストップストップ!ハウス!」

100万の兵もおそれず立ち向かった番婦不当の豪傑の全力のハグに劉備は泣き笑いをした。


●時間は40年ほど「後」へ巻き戻る。



「おれ、天子になるぞ。そしたら、この車に乗るんだ」(完訳 三国志1巻P20より)


広大な中華大陸の南西、白帝城で一つの天をつかんだ男の命の灯火が尽きようとしていた。

姓は劉、名は備、字(あざな)玄徳。

幽州のムシロ売りから至高の存在である帝位を3つに割り、漢皇帝※となった男である。


旗揚げ時に義兄弟のちぎりを結んだ一騎当千の大武将、関羽と張飛を従え中国を縦横無尽に駆け回ったのは昔の事、今では二人を失い怒りにかられて兵を失い、逃げ込んだ先で臨終の時を待つばかりだ。

「まあ、何度も死ぬかと思ったがここまでこれた。それは本当によかった。ありがたい」

そう思いながらも竜顔は曇ったままだ。

結局義兄弟の敵討ちはできず、二人の亡骸にも会えなかった。

にっくき敵の曹操は先に天寿を全うし、関羽が「虎の子に犬の子を渡せるか」と罵倒した孫権はのうのうと生きている。

「……まあ、犬は言い過ぎだよな、雲長」

集団の頭を張る人間にはメンツがある。いくら若輩で功績が少なかろうが、集団のトップには最低限の礼儀は保つべきである。

逆に末弟の張飛は下の人間に厳しすぎた。

パワハラ暴力あたりまえ。聞いてみれば殺されても納得はできるありさまだ。

みんなの前では突然の死に激怒したが、内心頭を抱えたのは内緒だ。

龐統や法正といった軍師も自分のために死んでくれたが、もう少し体をいたわってほしかった。

孔明も遠からず彼らと同じ道をたどるだろう。


楽しかった頃は終わり黄昏の時期が訪れていた。

「はあ、人生がもう一度できたらなぁ。こんどはうまくやってみせるのに」

もはや朦朧とした意識の中、漢帝国の跡を自称した劉備は意識を失い、息を引き取った。


享年63歳。皇帝として道半ばの死だった。


2 復活の三国志

ぱっちりと目を開けてみれば、臭いホコリだらけの民家の香りがした。

皇帝としての豪勢な宮殿は消え、むき出しの柱に粗末な板切れの壁のボロ屋が目の前に広がっている。


「…は…はは…」


劉備は知っている。


この屋敷がどこのものかを。

「嘘だろ…」

劉備は感じている。かつての贅肉一つない自分の若い肉体を。

引き締まった肉体に、快調な臓ふ。

まごうかたなき、若い頃の肉体である。

「…懐かしいなぁ、オイ」

体感的に22歳頃と言ったところだろうか?若々しい自分の腕を見てそう判断した。


「これは夢か?」

しかし、夢にしてはあまりにも現実感がある。

「もしかして戻った?戻ったのか?」

母親は外出しているのか、不在だった。そこで表に出てみると一本の高札が出ていた。


幽州大守が黄巾賊退治の志願兵を募集していた高札だ。


「思えばここからすべては始まったんだよな」

本作は演義ベースなので劉備の戦いはここから始まった事になる。


高札を立ち読みして慨嘆していると、とつぜん、後ろから

「男のくせに、国のためになにもしねえで、なんだい、フーフー言ってやがる」と声をかけられた。

振り返ると身の丈8尺、豹頭・環眼、つばめのあぎと、とらの髭。という男が、あのときと同じように立っていた。

一つ違っているのは、その目に玉のような涙が溢れていたことくらいか。


「おれ、張ってのよ!名は飛!あざな益徳!先祖の代から琢県にすみ、天下の豪傑方とおつきあいを願っているんだが、時におめえさん。高札をみてフーフーたあ、どうしなすった!」


がしりと張飛は劉備の肩をつかむ。劉備も涙ながらに言葉をつなぐ。


「わたしは劉備ともうします!漢の皇室の血筋のものです。黄巾の乱をどうかして鎮めたい。そうは思うけど力が足りず、それでつい嘆息していたのでした!」


三国志の始まりを告げる会話を放つと、死に別れた二人は望外の再会に涙したのであった。



「・・・ちょっと待て」

「なんだ長兄」

「益徳、なんでお前は俺を長兄って呼んでいる?」

「そういう長兄こそ、なんでおいらを益徳って知ってるんだ?」

「そりゃおまえ、さっき自分で名乗ったじゃあないか」

「あ、そうか」

「あいかわらずそそっかしいな、益徳は」


ハハハ。と高らかに笑いあう2人。


「「じゃねえよ!!」」


「益徳、孔明を覚えているか?」

「当然だろ。龐統だって忘れねえよ」

伏龍鳳雛と言われた二大軍師の名前を確認し合う。孔明はこの時数え年で3才。

普通なら名前すらしらないはずだ。ということは…


「もしかして…」

「俺たち…」

「「二人とも昔にもどってるーっ!!!」」


冬の寒さがまだ残る空の下、劉備と張飛は2年ぶり。いや40年ぶりの旧交を温めた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「すまねえな、長兄の言いつけ守れなかった」

「いや俺の方こそ、二人の敵はとれなかった。すまん」

しんみりと、劉備は張飛が死んでからの顛末を説明する。


「不思議な話だが、どうやら俺たち、死ぬまでの記憶が残ったまま昔に戻ったみたいだなぁ」

「たしかに、おいらは寝てたらすげえ痛みが来て「あ、こりゃダメだ」って思ってたら目が覚めて家で寝てたんだよ」

「益徳も同じか。だとすれば雲長も同じだろうな。あいつはどこにいたっけ?」

「寺子屋で先生をしてたはずだよ」

演義の場合2人と関羽は酒場で偶然出会った事になっているが、横光三国志では張飛の知り合いで、寺子屋の先生のまねをして生計を立てていたことになっている。

本作はこちらを採用した。俺の三国志だから。


「では、早速合流しよう」

「ああ、雲長の兄貴の顔を見るのは10年ぶりだっけ。益州にいってからまったく会えなかったからなあ」

「俺も12年ぶりになるか。変わってないといいな。っていうか昔に戻っているだけか」

再会を望む2人。そんなに2人に突如声がかけられた。



「やい!そこのデカ物と大耳野郎!待ちやがれ!」

天下に名が響いた2人を呼びかけた男。

この男は何者か?


◆次回に続く


※漢皇帝

漢王朝の正式な後継であると自称する蜀は自らを漢と呼称したと言う(うまなみ三国志P60)文書入力に使用していたポメラという機械では蜀という字が出てこないので仮入力していたのだが、こちらの方がマニアックっぽいので採用してみた。季漢(末っ子の漢)という言い方もあった気がするが出典を思い出せないのでリバースでは、まぎらわしい時には蜀漢と呼称すると思う。その時の気分で。



@おまけ

本作は大河っぽく時々話の終わりに紀行みたいなものを作者の気分で入れてくよ。


小説の三国志

三国志と言えば明の時代に羅貫中がまとめた三国志演義が有名である。

こちらは日本でも講談として江戸時代から流布されていたという。


講談師;「当時も孔明の人気は高くてね。時代的にはまだ子供だし登場する時期じゃなくても、客の入りが悪くなってくると「孔明出蘆」って看板を出しとくと客が大入りになるって寸法さ。太平記だと「楠木正成公登場」と並ぶくらいの人気演目だったんだねぇ」


詐欺じゃねぇか。


講談師「こうした講談の三国志は書籍化され、吉川英治版三国志へとかわり漫画家の横山光輝先生の漫画へと変わっていった。当時は60巻を超える作品と言うのは珍しく、絶対終わるわけないって言われたけど漫画誌を3つも移り変わって完結。これで読者層が増えたねぇ。あとNHKの人形劇三国志も有名だけど見た事はないんだよねぇ」


あんたいつの時代の人間だ?


講談師「やがてゲーム雑誌のライターの方がくっそ高い正史三国志を購入して史実の曹操を広めたり、筑摩書店からも文庫版が発売されて実際の歴史の三国志っていうのが一般に認知されるようになったんだ」


小説が史実への入り口となる三国志。2014年には曹操の墓とみられる遺跡も発見され話題となっている。


※誤字を一部なおしました。ご指摘くださいまして誠にありがとうございます。

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