第二章

第1話 成長


  1


 長い長い年月が経った。

 俺は《過去転移》を繰り返し、その度にジレッドを名乗って過去の自分――ジレンを育て、教育し、そして《融合契約》を繰り返した。


 子供の高い感受性さえあれば、《精霊感知》で新たな精霊と契約できる。同じ属性の精霊と間を置かず契約を繰り返すことで生じる契約酔いも、今の俺には無視できる。俺はジレンとして18歳になるまで修練を積んだ後、《過去転移》するという循環を繰り返した。


 19歳、すなわちフェロキア暦219年まで過ごすことはなかった。これにはいくつも理由がある。


 まず俺が初めて《過去転移》したのはフェロキア暦218年だった。つまりフェロキア暦219年以降の歴史を知らないため、危険を冒したくなかったのだ。


 なにより、フェロキア暦218年で《過去転移》したとして、次の世界で赤ん坊のジレンを15,6歳まで育てた場合、俺の肉体は30代半ばになる。こうなると加齢による体の衰えを意識しなければならず、少しでも危険を回避するためには、フェロキア暦218年以前に《過去転移》した方が都合がよかった。ただでさえジレンとティアナという二人の子育てには体力がいるのだから。


 こうして俺は10度目の《過去転移》を行うまでに、地水火風その他諸々の下位精霊と契約を繰り返した。今ではノームを10体まとめて召喚することも可能だった。我ながら信じられない。普通であれば一代で同属性の精霊3体と契約するだけでも天才と言われるほどなのに。


 この間、俺は実に150年近くもの時間を生きていることになる。

 だが《過去転移》の度、脳にしろ肉体にしろ衰えるどころか毎回若返っているわけであり、歳を取っているという実感はない。


 それに、やはり古い記憶は自動的に取捨選択される。そのせいか飽きも来ない。たとえば、俺には常に過去の自分――ジレンを育てたという記憶はある。だが10年以上前の薄れかけた記憶があるのと、実際に体験するのとではなにもかも違う。シスター・ノアと共に繰り返す俺の子育てはいつも新鮮でやり甲斐もあった。


 そのため、ジレンには召喚術以外のことも教えてみた。


 召喚士という職業は個人の資質に依るところが大きい。ようするに学がなくともなれるのが召喚士であり、俺は最低限の読み書きしかできなかった。そこで4度目の《過去転移》のとき、ジレンに語学の教師と数学の教師を付けてみた。


 すると面白いもので、たとえば過去の俺――ジレンが掛け算を覚えると、その時点で歴史が改変され、ジレンの未来である俺も掛け算が使えるようになった。もっとも、後に《融合契約》するので結局一緒ではあるが。


 ただ10回の《過去転移》の結果、俺の召喚士としての強さには限界が来ていた。


 正確には召喚士の証たる魔晶片の限界だ。召喚士は魔晶片を通して異界に存在する精霊に干渉する。そしてこの魔晶片は、小さいカケラならありふれているが、一定以上大きいものになると“魔晶石”と呼ばれるようになり、価値が跳ね上がる。総じて国宝と呼べる扱いを受け、各国が厳重に管理しているため、一流の召喚士であっても入手すらできないという。


 魔晶石の使用を許されるのは、国家によって才能を認められ、国家への忠誠を誓った一部の召喚士――その多くは代々続く名門召喚士一族――だけなのだ。


 ノーム10体を同時に呼び出せるほどになった今の俺なら――言い換えるなら、ノームを10体も呼び出せるほどに魂と土属性が結びついた今の俺なら、上位精霊タイタンとの契約も可能なはずなのだ。だが上位精霊を《精霊感知》するには国宝級の魔晶石が必要になる。闇市場にすら出回ることがないと言われる国宝が。


 名門召喚士の一族に生まれたならまだしも、俺のような一般庶民が大きな魔晶石を手に入れる手段は一つしかなかった。召喚士養成学校に入ることだ。


 強力な召喚士は兵士数十人に相当するため、どこの国も常に強力な召喚士を求めている。戦争の最中にあるこの時代なら尚更だ。そして召喚士養成学校で好成績を収め、国への忠誠を約束すれば、魔晶石を与えられ上位精霊との接触も許されるらしい。


 だから俺は11回目の《過去転移》のとき、グラストル公国の首都アルディンにあるという公立召喚術研究所付属ルデールト召喚士学園――通称ルデールト学園への入学を考えた。


 そのためには、まずジレンが15歳になるのを待たなければならない。入学金も安くはなかったが、今や金の心配は要らない。《過去転移》ができる、すなわち未来を知っているということは、いくらでも金を稼ぐ手段になりえるからだ。


 そして、準備が整った後、俺はシスター・ノアに切り出した。


「ジレンには才能がある。召喚士学園に入学させるべきだ」と。


 当然ながらジレンと離れたがらなかった彼女を説得するのは難儀だった。ついでに言うと、ジレンにティアナと離れることを承諾させるのも難儀だった。それでも、俺は「今生の別れじゃない、いつでも会いに行けるんだ。男には独り立ちの機会を与えるべきだ」と理屈を並べ、最終的には全員を納得させた。


 こうしてジレンは学園の寄宿舎に入ることとなり、俺は付き添いということで共に首都へ向かった。そしてその途上で、俺は素性を明かしてジレンに《融合契約》をさせて一つになった。学園がどんなところなのかを実際に体験してみたかったからだ。


 もっとも、初めての学園生活は最悪だった。


 有力な召喚士は貴族に多く、ルデールト学園もまた貴族の子ばかりだった。一方で、俺はただの平民だ。素性も不確かで推薦人もいない。その俺が入学できたのは試験官の前でノーム2体の同時召喚を行い、召喚士としての才能を示すことができたからだ。10体同時に召喚してもよかったのだが、さすがにそれは目立つだろうと自重したのだ。


 だがそれがよくなかった。貴族だらけの教室に放り込まれた平民の俺は、早々に目をつけられたのだ。気の強そうな目をした、綺麗な金色の髪が特徴の少女に。


「あなたが平民の新入生ね? 一つだけ言っておきますわ、ノームを2体同時召喚できただけでわたくしたちと同列などと思わないことね。少なくともわたくしの邪魔になることだけはしないように」


 後で知ったことだが、彼女こそ公国きっての名門召喚士一族、ベーレンス伯爵家の長女エフェリーネという人物であった。ベーレンス伯爵家は火の精霊の扱いに長けており、エフェリーネは15歳という若さながら3体もの火の下位精霊(サラマンダー)と契約を交わしていた天才召喚士だった。


 俺がサラマンダー3体と契約するのに30年かかったことを考えれば、彼女の優秀さは疑う余地がない。上位精霊イフリートとの契約も時間の問題では――とまで言われていたほどだ。


 その彼女に、俺は邪魔者扱いされてしまった。彼女自身になにかをされたわけではないが、彼女を神聖視する別の生徒たちに目をつけられるきっかけとなってしまったのだ。


 最終的にはケンカを売られてしまい、ついノーム10体を呼び出して岩の雨を降らせ、そのまま逃亡してしまった。学園内で許可なく召喚術を使用することは厳禁とされていたからだ。面倒臭くなった俺はその後自己修練に励むと、適当な時期に《過去転移》してしまった。


  ◆


《過去転移》12回目。前回は自分の力を下手に隠したからかえって面倒なことになったのだ。そこでこのときは、もう少し入学試験に力を入れてみた。エフェリーネがサラマンダー3体なのだからと、俺は地水火風の精霊をそれぞれ2体ずつ、合計8体の同時召喚を行ってみたのだ。


 するとやれ「20年に一人の逸材」だの「エフェリーネとは違う才能の持ち主」だの「今年の新人は豊作揃い」だのと、周囲の対応が驚くほど変ってしまった。あのエフェリーネでさえ例外ではなかった。


「あなたが精霊を8体同時に召喚したというジレンさんですわね? もしよろしければお友だちになってくださいませんか?」


 さらに《過去転移》を繰り返した結果、彼女の対応は最終的に次のようになる。


「お、お願いです、わたくしを抱いてください。あなたの子を産ませて欲しいんです……」


 しかもこのとき彼女は、下着姿で俺の寝床に押しかけていた。制服を着てるときから薄々感じていたが、彼女は細身のわりに胸の膨らみが豊かで、ようするに非常に魅力的だった。どうせ改変される歴史なのだからいっそ据え膳食わぬは――という思考に陥りかけたのも事実だ。だが結局、俺はそこまで悪人にもなれなかった。疑う余地もなく、シスター・ノアと長い時間を過ごしたせいだろう。


 そもそも、エフェリーネも別に俺に惚れたわけではない。名門召喚士の一族は、有力な召喚士同士を結婚させ、その子に力を引き継がせることで力を高めてきた。エフェリーネが自分の血族に有力な召喚士を迎え入れようとするのは当然の義務だったのだ。

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