魂の回収者
気分上々
死神部 回収三課 第六十七班の班員リクオは、魂の回収に下界にむかう
早いもので、私が神に創られてから、もうすでに五年と一ヶ月が経過した。この五年、忙しさを絵に描いたような忙しさの中、私はさぼることもなく一心不乱に仕事をこなしてきた。五年と一ヶ月が経過した現在も、それは変わらない。私は相変わらず死神をしていて相変わらず忙しい。
ふわふわというよりはぶよぶよの、メタボリックな中年男性の腹の上のような感触の、黒い雲でできた地面の上に事務机が置かれ、その何台かを島のようにくっつけて置いてある。その島が等間隔でいくつもあり、そのうちの一つの事務机に私は座っている。漫画と呼ばれる、下界の者が娯楽として使用する書物を手に、私は下界の事柄について勉強中だ。
死神部、回収三課、第六十七班が私の所属している部署で、今現在の私の任務は[待機]だ。班長であるミツグからの指示があるまでは、ずっと待機の状態が続く。だから私はその間中ずっと漫画を読んで時間のやりくりをするようにしている。難解な内容の書物の解読を試みる行為は、非常に有意義で勉強になる。時折、雷鳴が響き渡る天界のオフィスで私は漫画を読みふける。贅沢な時間だ。
麦わら帽子をかぶった海賊が、東の海でコックを仲間にしようとしたところで「おーい、リクオ」という声が聞こえ、私の眉毛は自然と八の字を形成した。クソ班長め、と、声にはださずに毒づく。
班長のミツグが、こっちに来いと手をヒラヒラさせているので漫画にしおりを挟んで片付け、席を立ち、数歩歩き、班長のミツグの事務机の前で立ち止まる。
「クソお待たせしました」今読んだ書物から学んだ言葉使いを早速使う。
班長のミツグは目線だけを私のほうにやり「回収三課六十七班、班員リクオに、稲垣祐一の魂の離脱、及び回収を命ずる」ぼそりと喋った。
「後、リクオ」
「はい」
「クソの使い方がなっていない。注意するように」
「そいつはどうも。クソすいませんでした」
タッチパネル式の携帯情報器[行き紙]をとりだし、班長のミツグの[行き紙]にかざして、今回の任務の情報をもらうと、私はミツグを背にして数歩歩き自分の事務机の前で立ち止まりそれから座った。
行き紙を左手に持ち、右の人差し指で画面に触れる。今回の任務についての情報を引っ張り出す。
今回のターゲットの名前は稲垣祐一だ。稲垣祐一は、四十七歳の性別は男だ。右の人差し指で行き紙の画面をスクロールさせると、稲垣祐一の画像があった。画像を確認するに、稲垣祐一は細く頼りない外見をしている。おそらく身長百六十五センチ、体重五十二キロといったところ。角刈りの頭には白髪が少々目立ち、頬に無駄な贅肉はなく顎はシャープだ。見た目はそうでもないが、稲垣祐一の映像から発せられる雰囲気は、俗に言う、良い人の空気が漂っている。
コンクリートの地面の間からこっそりと咲くタンポポのような。雨にも風にも夏の暑さや冬の寒さにも負けずに、腐ることなく努力していそうなイメージだ。しかしそれは、あくまでイメージだ。
「借金を苦に自殺の線が望ましい」
[行き紙]をさらにスクロールすると、死神部営業三課六十七班班員のムツミからの報告があった。
「借金を苦に自殺の線が望ましい。ターゲットは、現在一千万円ほどの借金を抱えている」
ムツミは、確か、神に創られてから三十年ほどが経過していたはずだ。気の弱そうな外見で、その外見の通り気が弱い。が、要領は良く、しかし仕事内容は可もなく不可もなくといったところ、とはいえ無難にこなす者だという噂を聞いたことがある。よくわからない噂だ。仕事ができるのか、できないのか。私は、ムツミと直接面識がないから実際がどうかはわからない。あくまで噂だ。
死神部には営業課と回収課の二つの課があって、私は回収課に所属している。回収の仕事というのは、読んで字のごとく、下界の者の魂を回収するのが仕事だ。仕事内容は、大きく分けて二通りある。一つは、魂は肉体から離脱しているが、下界に強い未練があり、天界へと昇天できていない魂を回収すること。もう一つは、下界の者の肉体から魂を離脱させ、離脱した魂を回収すること。今回の稲垣祐一の場合は、後の任務になる。
私の今回の下界での立場は、[闇金融関係に属している業者]ということになっている。率直にいうと[借金取り]だ。
営業のムツミの報告からすると、今回の私の仕事は[借金取り]として[稲垣祐一]と接触した後、[稲垣祐一]を[自殺]する方向に導き、肉体から[離脱した稲垣祐一の魂]を回収して天界へと帰る。そういうことのようだ。
田嶋陸生という名前で、年は二十三歳。いわゆる素行の悪そうな、肩で風を切って歩くタイプの服装が用意されていた。ちなみに前回の仕事では、サラリーマンで二十五歳。その前は大学生で二十一歳。そして今回は借金取りで二十三歳。
神に創られた瞬間から処分されるまでの間、私たち死神の容姿はまったく変化しない。神に創られた瞬間から老人の死神や、百年以上存在しているにもかかわらず、子供のままの姿の死神もいる。仕事内容やその時代の背景等によって下界での職業は変わるが、外見は変わらないため、毎回の設定年齢もあまり変わらない。私の場合は二十代前半から中盤の場合が多い。つまりは、私は大人になりかけの若造という外見をしているということだ。
*
その他の必要な任務の内容に目を配り、仕事に向かう準備が完了すると私は事務局へ足を運ぶ。黒い雲の地面をぶよぶよと進み事務局に到着すると、担当事務員のクリコとの面会を申し込む。
私の名前が呼ばれると、私はクリコの事務室に足を踏み入れる。
「ようリクオ」ミミズが地面を這うような声が、部屋の奥からのそのそと這ってくる。
「やあクソクリコ」と歩を進めながら私が答えると「クソは余計だ」と怪訝そうな声が返ってきた。
「知らないのか」私は教えてやる。「下界じゃ、頭にクソをつけて言うのがブームらしいぞ」
クリコは、何か考えるように、目線をぐるんぐるんと四方八方に動かしてから、また私のほうを見てくる。
「それぐらい、知ってるぞ。クソリクオ」
私は少し微笑みながらうなずいた。それぐらい、知らないくせに、と、少し満足な気分になる。
クリコは大きい。縦の長さでいうと三メートル。横の幅でいうと二メートル。黒い雲でできた事務室の半分を、その大きな体で埋め尽くしている。髪の毛や髭、というより大量の体毛で覆われたクリコの顔を、登山家がこれから登る山を見上げるようにして見上げ、だが登山家が山を登るようにクリコの体の頂上を目指すようなことはせず、[行き紙]に下界通行許可証を映し出して、その画面をクリコに見せる。
「仕事か」
「仕事以外で、私がクリコに会いにきたことはない」
「俺は仕事以外でもリクオに会いたいと思ってるんだが」
顔の体毛がぶわりと持ち上がる。笑ったようだ。
「早く下界に行きたいんだ。いいか」
私が言うと、クリコの体毛がまた持ち上がる。また笑ったようだ。
「急がば回れって言葉、知ってるか?」
「知ってるが、急いでる時は急いだほうがいい」
「つれない事を言うなよ。急いては事を仕損じるらしいぞ」クリコは得意げだ。
「どうやら、足踏みをしていても靴底は減るらしいぞ」私も得意げに返す。
「何だその言葉」
「いいから、早く行かしてくれ」
チッと舌打ちをしてから、クリコは右の壁にかかっている大型のタッチパネル式映像器[行き大紙]を触る。
「下界滞在期間は三日だ」
「わかってる」
「部屋をでて右側、まっすぐ行くと扉がある。開けるとつながってる」
「わかった」
「くれぐれも気をつけろよ。滞在期間は三日だぞ」
歩く私の背にクリコの声は届き、私は右手をあげる。「クソ行ってきます」と、振り向かずに言った。
黒い雲でできた廊下のぶよぶよした感触を感じながら進み、その先にある扉を開ける。
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