憧れ

おとうふ

雪の降る街で



世間はクリスマス。

爛々と輝くイルミネーションに深々と降る雪。積もることはないが吐く息が周りの気温の寒さを表している。スヌードで首を覆い厚めの上着を着ているが、やはり寒い。周りではカップルや家族連れが楽しそうにはしゃいでいる。


何故こんな場違いな場所に私がいるのか。ポケットに手を突っ込み悴んだ指を温める。


「こっちにおいでよ」


この寒さを忘れさせるような優しい温かな声のする方を向くと、紺色のニット帽に暖かそうな薄茶色のマフラーをした女性が手招きをしている。仕方なく彼女の方に向かう。近付くにつれて防寒対策をしていてもやはりこの寒さには敵わないのであろう、鼻先と頬を少し赤くなっていた。


「やっぱり寒いんじゃないですか…風邪引いたらダメなので程々にして帰りましょ」


ポケットに入れて少し温まった手で彼女の赤くなった頬を撫でる。やはり冷たい。


「まだ帰らない! せっかく仕事早く終わらせて一緒に来れたんだもんまだ一時間はここに居る!」


幼い子供の様に足をばたつかせてキラキラとした目で私に訴える。

かくいう私も彼女とここに来るために仕事を早めに切り上げている。知り合って二年。恋人という関係になって初めてのクリスマス。普段は仕事に対して意欲がない私も今日ばかりはやる気を出してきたのだ。


《綺麗なものは大切な人と見るともっと綺麗に輝いて見えるようになる》


昔祖父に言われた言葉だった。祖父は祖母をとても愛し、いつも旅先で綺麗だと思ったものを祖母にプレゼントして2人で眺めていた。

幼かった私には綺麗なものは一人占めしたいという感覚の為理解できなかったが、今なら祖父の言葉の意味が理解出来る。



この人が好きだ。そう思い出したのは出会ってすぐのこと。恥ずかしい話だが私の - 一目惚れ - だった。

そこから何とか彼女と連絡を取れるようにまでなり、出会ってから二年後、告白をした。駄目だと思っていたが予想外の返事が来て情けない声を出しながら彼女に抱きついた。


付き合いだして暫く経ってから彼女に男性としか付き合ったことの無いのに女である私と付き合うことを決めてくれたのかと聞いた事がある。その時彼女は「男でも女でも無くて、どっちでもあってくれる君の気持ちがとても嬉しかった」と言っていた。


どちらでもあってどちらでもない。今まで自分でもどちらであるべきなのか悩んでいたがどっちでもあっていいという彼女の言葉に心底救われた。

付き合いだして何度か喧嘩をしてもどちらが折れるまで話し合い仲直りをするという、それなりにいい関係は保てていると思う。


「あっちの大きいツリー見に行こ!」

唐突に私の腕を引っ張り公園内の1番大きなツリーの近くまで歩いた。


「すごく綺麗だね」

目を輝かせてツリーを眺める。横から見える瞳の中にはイルミネーションの光が映り込みより一層輝いて見えた。


「…あなたの方が綺麗ですよ」

とても小さな声で出たテンプレのような言葉。でも私にはどんな綺麗なものよりも喜んでいる彼女の横顔が一番綺麗見えるのだ。しかし伝えた瞬間に恥ずかしさか込み上げスヌードを少し上げ顔を隠す。


「恥ずかしいことを言うじゃないですか〜 いっつもそんな言葉言ってくれたらもっと嬉しいのになぁ」

彼女には聞こえていたようで照れた笑顔で私の横腹を軽く突く。そして手を入れている私の左手のポケットに手を入れた。とても冷たい。


「手冷た… 普段からそんな言葉言ってたら特別な時に言えなくなっちゃうじゃないですか」


ポケットの中で離れないようにと手を握る。


「君は二人の時か調子が悪い時しか甘えてこないもんね〜」


ふと、彼女の手がポケットの中の小さな箱に触れる。


「なんか入ってる?」


手を出し、ポケットの中に入れていた小さな箱を取り出す。


「一応、今日はクリスマスなので…プレゼントです。 時間なくて箱のままなんですけど…」

手のひらサイズの青い箱を彼女に手渡す。貰えないと思っていたのだろう。驚きで大人しくなっている彼女の頭を撫でる。


「え?え?…ありがとう!! 開けてもいい?」


「気に入るか分かりませんが…」


私の言葉を全部聞き終わる前に優しく箱を開ける彼女。

中には青い石が埋め込まれたリングが二つ。


「かわいい…もしかしてお揃いで選んでくれたの?」

どうしていいかわからない様子でリングをまじまじと見つめ私の方を見る。


「右手、出してください。」

私の言葉に応えるように大人しく右手を出す彼女。

少し小さめのリングを持ち彼女の薬指にはめる。


「今はまだ右手で…いつか一緒に左手に付けれるように頑張るのでそれまで、我慢してください。」


彼女が指輪を見つめている間に自分の薬指にはめようとすると、

「今度は私にやらせて」

リングを取り、私の右手を優しく掴んで薬指にはめる。普段は無邪気な笑い顔しかしない彼女のたまに見せる真剣な顔。

その風景を見ているだけで胸の奥がムズ痒くなる。人はこれを幸せと呼ぶのだろう。途端に彼女が抱き着いてきた。


「ほんとにありがとう…今すっごく幸せ!!」

目に涙を浮かべながら私の手を握る。


「私は…いつもあなたに貰ってばりなのでこういうものでしかお返し出来ないくてすみません」


「何言ってるの!私の方こそいっつも助けて貰ってるのに…」


「…じゃあお互い様ってことですね」

繋いだ手をポケットに入れ直し歩き出す。


「どこ行くの?」

少し歩きづらそうにしながら私の歩幅に合わせて歩き出す。


車の近くまで着くと足を止め彼女の方を振り返る。そして首元に指を這わせながら呟く。


「…せっかくのクリスマスでとてもいい気分です。今すぐにキスをしたいけど外なので我慢します。でもこのままあなたを家に帰したく無いのですが、何処になら一緒に行ってくれますか?」


遠回しに、意地悪そうに笑いかけるとその言葉の意味を理解したのか寒さとは別の意味で頬と耳を赤く染め私から目をそらす。


「…………ても…」

近くの子供のはしゃぎ声で聞こえなくなるほどの小さな声。


「声が小さくて聞こえないよ?」

寒さなのか恥ずかしさなのか口元を少し震わせながら私の目を見る。


「君にならどこに連れていかれてもいいよ」


覚悟をしたような目付きと色欲を含んだ声。


「っ…」

今すぐにでも抱き着きたくなる理性を抑えて彼女を車に乗せる。


「…あなたが悪いんですからね…今日はもう我慢出来ないので」

左手で彼女の手を握りエンジンをかける。


「…もう…怖くない…大好きな君だから…」



助手席に身を乗り出し彼女の冷え切った唇にキスをする。少し驚いた顔をしたがすぐに微笑んだ。


「…覚悟してくださいね」


静かに体を戻し車を発進させる。



彼女と過ごす初めての夜。

私の大切なひと。

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憧れ おとうふ @otoufu0644

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