タンス!タンス!!ダンス!!!

霜月秋旻

タンス!タンス!!ダンス!!!

 ステップを踏み続ける。私はただひたすら、何の感情も持たずにステップを踏み続ける。しかしいくらステップを踏んでも、前には進めなかった。前に進もうとする意思など、今の私には無いからだ。

 事務的に、もとい感情の無いロボットのように踊る私を見るに見かねたのか、ダンススクールの先生は溜息まじりに言った。

「駄目だね。全然駄目だ。今の君には踊りたいという意思が欠けているようだ。これならまだ、一昨日入ってきた小学生のコの方がマシだよ。今日はもう帰りなさい」

 私は疲れきっていた。踊らされ続ける毎日に、嫌気がさしていた。

 小学校低学年の頃から通い続けてきたダンススクールは、元々私が望んで入会したわけではない。母親の命令で入会させられたのだ。ダンススクールの若い男の先生に、母親は気があったのだろう。とはいっても入会当初は、踊ることに関して嫌ではなかった。先生も優しかったし、なにより体を動かすのが楽しくて仕方が無かった。しかし今は違う。母親に推し進められた地元の難関高校を受験し、なんとか合格したのはいいが、授業のレベルが予想以上に高く、私はその高いレベルについていくのがやっとだった。しかし母親は、私にダンススクールを辞めさせてはくれなかった。

 母親にいいように踊らされる毎日。しかし私は母親を嫌いにはなれなかった。母親に反論できたであろう父親は、私が幼い頃に離婚した。それから母親は女手ひとつで私を育ててきた。その苦労は相当なものだっただろう。私は幼い頃から、母親の言うことは絶対だと信じてきた。母親に逆らう自分は間違っている、母親が正しいと思っていた。きっと私は、自分に自身が無かったんだろう。

 最近、ダンススクールの帰りに誰かに後ろから見られている気がしてならない。私の足音のほかにもうひとつ、足音が重なって聞こえるのだ。後ろに気配を感じるようになってから、私は走って帰るようになった。

 母親は夜遅くまで仕事で、帰ると家には私以外誰もいないのだ。孤独と恐怖。荒い呼吸を収めた留守番電話が非通知で毎日三十件くらい入っていた。郵便受けには『みてるよ』と書かれた紙が毎日入れられていた。母親に相談しても、聞いてはもらえなかった。元々母親は、面倒ごとが嫌いなのだ。警察に連絡などしてくれない。

 私はどうすればいいのだろう。私はこのままずっと、踊らされ続けるのだろうか。母親にも、ダンススクールの先生にも、そしてストーカーにも…。

「今の君には踊りたいという意思が欠けているようだ」

 ダンススクールの先生の言葉を思い出した。その通りだ。私はただ、何も考えずに踊っていればいいのだろう。自由な意思をもつ必要など無い。それは母親からすれば、ただのわがままだ。誰かが指示したとおりのステップを、その通りに踏み続ける。

 自室に閉じこもっていると、窓ガラスが突然割れた。黒いレインコートに身を包んだ男が部屋に入ってきた。

 私は悲鳴を上げては立ち上がり、逃げようとした。するとその瞬間、左足の小指に鋭い痛みが走った。

「………!!」

 声も出せない痛み。神経の通った左足の小指を、部屋にあるタンスにぶつけてしまったのだ。あまりの痛みに私は顔をシワだらけにし、部屋中を右足一本で激しく飛び跳ね回った。

「それだ!!」

 窓ガラスを割って進入してきた男は、私のその動きをみて拍手をしながら言った。その声は、聞き覚えのある声だった。

「今の君のステップ、動き、表情は素晴らしかった。まさに恐怖と激痛のダンスともいうべきステップだ。なにより君の『踊りたい』という意思が伝わってきた!やればできるじゃあないか!!」

「…先生、いままで私を後ろからつけたり、変な電話をかけたりしてたのは先生だったんですか?」

「そうとも!最近君のことが心配にな…」

 すかさず私はステップを踏んでは、先生の左頬に蹴りを入れた。それから先生のお尻やら腹やら、あらゆる部位を蹴った。今まで抑えていた感情をありのまま、先生にぶつけた。

「い、いいぞ!すごくいい!もっと、もっとだ!」

 私が蹴りを入れるたびに、先生はふらつきながらも喜んだ。何度蹴られても私のほうへ向かってきた。そして蹴りを入れると喜んだ。


 そのあとのことは、よく覚えていない。気が付くと私は、どことも知らない森の中で踊っていた。夢中になって踊っていた。踊っているうちに、熊も猿も、狐も狸も姿を現しては私とダンスを踊った。


 踊りたい。自由に、感情の赴くままに踊りたい。踊らされるのではない。踊りたいから踊るのだ。自分のステップで、ありのままに。

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タンス!タンス!!ダンス!!! 霜月秋旻 @shimotsuki-shusuke

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