第5話 先へ

 地下四層に下りた私たちは、さっそく魔物の襲撃を受けた。

 私は銃を構え、ヴァンが明かりの魔法で辺りを照らした。

 この迷宮では当たり前に見かけるオオカミのような魔物が四体だったが、被毛の色が違う少し頑丈なものだった。

「こりゃお前の担当だ。魔法が必要な相手じゃない」

「またケチって!!」

 私は銃のセレクターをセミに切り替え、まずは一体の額を撃ち抜いた。

 残る三体が唸りを上げ、そのうち一体が飛び出した。

 一気に間合いを詰めてきたその一体の動きをみて、一歩ステップを踏んで背後に跳び、私は銃の引き金を引いた。

 発砲音と共にその一体が倒れ、残る二体は逃げ出した。

「ほらな、魔法の出番なんてなかっただろう」

「あのね、使い魔なんだから仕事しなさい!!」

 私はため息を吐いた。

「これだから、猫は……」

「お前が自分で設定したのだろう。諦める事だな。ほら、いくぞ」

 私は息を吐いてから、通路の先に進んでいった。

 しばらく進むと、地下水が溜まってまるで湖のようになった場所に出た。

「いつも通りの地底湖だね。特に魔物はいないか……」

 こういった水場には魔物が集まるものだが、タイミングなのか今はなにもいなかった。

 その代わり、テントを張ってキャンプしているパーティがいた。

「おう、誰かきたぞ」

 見張りでもやっていたのか、一人が声を上げると、テントから四人ほど姿を現した。

「あなたたち、ここでキャンプはまずいよ!!」

 私は慌てて声を上げた。

「なんでだ、ここは水辺で便利だぜ」

 この応答で、まだ経験が浅いパーティだと分かった。

「水場は魔物が集まるし、その湖にも魔物がいるよ。そこに留まったら、堪ったものじゃないから!!」

 私が叫んだ時、静かだった水面から勢いよく何かが飛び出し、キャンプしていた連中を力任せに叩き潰した。

「ほら、いわんこっちゃない。ヴァン!!」

「うむ、大王イカだな」

 ヴァンが肩から飛び下り、杖を構えた。

 湖の水面には、一部しか見えないが巨大なイカの姿が現れていた。

「危ないからって、国軍の討伐隊が殲滅したって聞いたけど、まだいるじゃん!!」

「うむ、漏れだな。よくある事だ。くるぞ」

 大王イカの体が光り、反射的に横っ飛びした空間を、放電を伴った光球が通過していった。

「コイツ、魔法を使うんだよね……ここは、ヴァンの出番だよ!!」

 私は叫びながら、銃を構えてフルオートで大王イカを撃った。

 その体にガンガン弾丸が突き刺さったが、まるで効いた様子がなかった。

 なにもしていないヴァンはどうでもいいと判断したのか、放電を伴った光球の群れが私に集中した。

「こ、こら、一気に撃ち過ぎ!!」

 私はその光球をなんとか避けつつ、お返しに銃弾をお見舞いしたが、ライフル弾でも大王イカに効果がないのは分かっていた。

 私がやっているのは牽制だ。本命は、ヴァンの攻撃魔法である。

 それまで沈黙しているかのように見えたヴァンが杖を掲げ、巨大な光りの矢を生み出し放った。

 光りの矢に貫かれた大王イカの体が裂け、爆発と共に肉片が辺りに飛び散った。

「あー、死ぬかと思った。ヴァン、よくやった……」

「フン、あんなイカ野郎の攻撃魔法など避けられて当然だ。数を撃っているだけで、誘導していないのだからな。お前も魔法使いなら、アイツがバカだって分かるだろう」

「その数が問題だったんだって。なに、あのイカ様は嫌な事でもあったの?」

 魔法が使える大王イカだが、基本的には足による物理攻撃がメインで、時々思い出したように攻撃魔法を撃ってくるだけだ。

 こんなヤケクソみたいに、いきなり攻撃魔法乱射は控えめにいっても珍しかった。

「さぁな、イカ親分の気まぐれだろう。ところで、イカにイカせんべいにされたアイツらはどうするんだ?」

 ヴァンが杖で、ぺしゃんこになったテントを示した。

「まずは、確認だね」

 私はテントに近づき、酷い有様の五人をみた。

「ここまで損傷が激しいと、蘇生魔法でも微妙なところだね」

 私は叩き潰されて一枚板みたいになってしまっている五人をみた。

 蘇生魔法も無制限にいつでも蘇生出来るわけではない。

 あまりに肉体損傷が激しすぎると、全く効果がないのだ。

「微妙という表現が微妙だな。これは、難しいというのが正解だ。限りなく不可能に近いな。まあ、使い魔の俺に決定権はない。お前が決めろ」

 ヴァンが鼻を鳴らした。

 私はため息を吐いた。

「これは、やっても魔力の無駄だね。せめて、火葬してあげて。これも、迷宮だから」

「分かった」

 ヴァンが呪文を唱え、テントを含めて全てが燃え上がった。

「全く、水場の近くでキャンプするから……よし、明日は我が身だね。いくよ」

「うむ」

 私は地底湖をみて、小さくため息を吐いた。


 今回の目標は地下三十層を目指す事だったため、私は最短ルートを選択して地下四層を進んでいた。

「しっかし、魔物が多い!!」

 大きなコウモリという、これまたこの迷宮ではポピュラーな魔物の群れを銃で撃ち払いながら、私は声を上げた。

「うむ、ここまで多いと面倒だな」

 銃でなんとか出来てしまうため、私の肩の上で見物を決め込んでいるヴァンが、小さくため息を吐いた。

「ちょっとは手伝いなさいよ!!」

「俺の仕事ではない。魔法が欲しければ、自分でやれ」

 予想通りの答えが返ってきて、私は苦笑した。

 数にして三十はいたと思われる大コウモリの群れを片付け、私は大きく息を吐いた。

「よし、休憩。いい加減、疲れた」

 私は通路の床に腰を下ろした。

「うむ、ちょうどいい。なんだか寂しくなったから抱け」

「……ちっとも、そうは見えない」

 私は床に下りたヴァンを抱き上げ、大きくため息を吐いた。

「これ、地下三十層までいけないかもね。この魔物の数は、今まで地下十層以上潜らないとなかったもん」

「そうだな。まあ、無理はしない事だ。迷宮の気まぐれにも困ったものだ」

 ヴァンがゴロゴロいいながら、笑みを浮かべた。

「ヴァンも気まぐれだしねぇ。主をこき使う使い魔呼んじゃったよ」

 私は笑った。

「自分が悪い。それが、魔法だ」

「はいはい、いわれるまでもなく。よし、もう一息吐いたらいくよ。全く、この魔物はどこから湧いたんだか」

 私は銃のマガジンをチェックして、苦笑した。


 休憩を終えて、再び通路を進み始めた私たちは、まずは地下五層に通じる階段を最短距離で目指した。

 まず、ここに辿り着かない事には、お話にならないからだ。

 魔物の数は多かったが、どれも見知ったもので、さほど強力ではなかった。

「マズいな、地下がこうなってるとは思わなかったから、もうライフル弾が底をつくよ」

 私は残り三本分しかないマガジンを、空マガジンと交換した。

「まだ武器はあるだろう。それでダメだと思うなら、素直に引き返せばいいだけのことだ」

 ヴァンが小さく鼻を鳴らした。

「まぁね、まだいけるよ。拳銃弾ならしこたまあるし」

 私はアサルトライフルを肩に提げ、ホルスターから拳銃を抜いた。

「あと、極悪な無反動砲な。あんなもの、どこで見つけたんだ?」

「いつもの武器屋だよ。人気がなくて廃棄されるところを、ただ同然で仕入れたんだ。重いけど、役には立つよ」

「まあ、ないよりはマシだな」

 私たちは通路を進み、ようやく地下五層への階段が見えるところまできた。


 いつから流行りになったのか、階段の前には魔物の姿があった。

「……あれ、ドラゴン臭くない?」

 階段の前に鎮座していたのは、地下二十層で初めてみたグリーンドラゴンにしかみえなかった。

「まさか、まだ地下四層だぞ。似ている何かじゃないのか?」

 ヴァンが鼻で笑った。

「ま、まぁね。いくら竜族で一番弱いっていってもね……まあ、撃ってみれば分かるよ」

 私はマジックポケットから無反動砲を取り出し、徹甲弾を装填した。

「竜族なら、こんなものじゃ効かないよね……」

 私は無反動砲を構え、引き金を引いた。

 瞬間、じっとしていたドラゴンみたいな魔物が巨体に似合わぬ動きを見せ、飛び跳ねるようにこちらを向いた。

 その額に私が放った砲弾が命中し、顔が粉々に砕けた。

「うん、ドラゴンじゃないね」

 私は無反動砲をマジックポケットに戻し、拳銃を片手に床に崩れたドラゴンのようなものに近寄った。

「ああ、ドラコラムだ。紛らわしいな」

 これは、見た目をドラゴンそっくりに擬態する魔物で、この迷宮で時々出遭う。

 見た目こそ厳ついが、その実臆病で逃げ足が速く、魔物研究家の間でも生態がよく分かっていないのだ。

 一ついえる事は、攻撃してくる事はまずない。そんな暇があったら、一目散に逃げてしまうということだ。

「これ、貴重なサンプルかもね。すぐ逃げちゃうから、倒したって話はあんまり聞かないし……」

「うむ、見かけ倒しとはこの事だな。確かに、貴重なサンプルであるのは間違いないが、持って帰るには大きすぎるぞ。まあ、そのうち通りかかった時、回収する暇人がいるだろう」

 ヴァンがつまらなそうに鼻を鳴らした。

「誰も持って帰るっていってないでしょ。回収される前に消えちゃうって。砲弾一発損したな……」

 私はそれきりドラコラムに興味をなくし、階段の罠を解除する事に全力を注いだ。

「地下五層か。ここまでがお試しっていわれていた階層なんだけど、その階層が上がったな。地下三層を抜けないなら、先に進んじゃダメくらいに」

 私は罠を解除しながら笑みを浮かべた。

「うむ、そうだな。無理矢理ここまできてしまったら、帰れなくなってしまうだろう。余計なお世話だがな」

 ヴァンが小さく息を吐いた。

「よし、いくよ。地下五層」

「うむ、問題ない」

 ヴァンが私の肩の上で小さく笑みを浮かべた。

「そりゃ、なにもやってないもんね。まあ、それもいつも通りだけど」

 私は苦笑して、最後の罠を無力化した。

「よし、もうないよ」

「地下五層に下りたら、適当な場所で大休止だ。もう、そんな時間だと思うぞ」

 ヴァンが小さく息を吐いた。

 大休止とは、休憩ではなくちゃんと寝て休むキャンプを張る事を意味する。

 つまり、もうそういう時間という事。

 迷宮に入ると時間感覚が消えるので、ヴァンが持つ動物としての本能は便利だった。

「一日掛けて五層か。最短コースなのに、普段の倍は掛かってるよ。これじゃ、先が思いやられるなぁ」

 私は苦笑して、地下五層に下りた。

 魔物の配置は変わっても、中の構造自体は変わっていないので、この辺りの地図は頭に入っていた。

 私は階段から少し進んだ場所にある、袋小路の入り口付近に腰を下ろした。

「うん、ここでいいや」

「まあ、悪くないな」

 私は腰のポーチから特殊なチョークを取り出し、床に複雑な魔法陣を描いた。

 それに向かって、魔力を放出すると、魔法陣が光って私たちは光の壁のようなものに囲まれた。

「魔物除けできたよ。テント張るか……」

 私はマジックポケットにしまってある、一人用の小型テントを取り出して、せっせと組み立てた。

 この辺りは慣れたもので、数分で寝袋もセットして寝床が出来上がった。

「あとはご飯食べて寝るだけだね。ヴァンはこれ」

 私はマジックポケットから猫缶を取り出すと、缶切りで蓋を開けた。

「うむ、このままでいい。それにしても、ケチったな。黒印など……」

「あれ、黒印だった。特売の値段しかみてなかったよ」

 私は床に座って笑い、携帯用コンロと鍋セットを取り出した。

 携帯食を軽く適当に調理して、そのままより多少マシ程度にすると、鍋物のようになったご飯を食べた。

「洗う水がもったいないから、洗浄の魔法でっと……」

 最後は食器と鍋を魔法で綺麗にして、私は一息吐いた。

 ここでたき火などやると雰囲気があるかも知れないが、火の明かりに魔物が寄ってきてしまうため、よほどの初心者でもなければ迷宮内でたき火を焚く事はない。

 床に置いたカンテラの明かりを最低限に落としてからヴァンを抱えると、私は大きく息を吐いた。

「やれやれ、疲れたね」

「俺はそうでもない。冒険者のくせに運動不足だな」

 ヴァンは私の腕の中でゴロゴロひっくり返り、最後はお腹を出してだらんとした。

「迷宮の中でフルにリラックスする猫なんて、ヴァン以外にはいないと思うけど」

 私は笑った。

「お前の結界は完璧だ。だったら、リラックスしない方がおかしいだろう。いつまでもこうやっていないで、さっさと寝ろ」

「はいはい、名残惜しいけど」

 私はヴァンを床に下ろし、テントに潜った。

 一人用なので、寝るだけという感じのテントの中に広げた寝袋に潜ると、ヴァンは私のの顔の横で丸くなった。

「さて、お休み。適当なタイミングで起こして」

「うむ、いつも通りだ」

 私は小さく笑い、軽く目を閉じたのだった。

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