エステティシャンは、マジシャンではありません

佐野しゃるる

第一章 ごきげんよう、異世界の魔女殿

プロローグ

「さて、姫様。人は美しさを、どのように測るかと思われますか?」


イチかバチかの、崖っぷちプレゼンテーションの始まりである。

似たような状況は、今までいくらでもこなしてきた。

だから、落ち着け、と美鶴は自分自身に言い聞かせて、臨む。


今月のノルマを達成しないと、お給料に響くから?

これが仕事だから?

まあ、それも無きにしも非ずだが、そればかりに囚われると上手くいかないものだ。

人は思っている以上に、相手の心裏を見抜いているものなのだ。

いつだってこの瞬間は、誠意を、本気さを試されていると思う。

心情的には、丸裸だ。

そう。いつだって、真心で体当たりするしかないのだ。

いつか人生を変えたいと、誰だって望んでいる。


姫君――目視での推定体重、95㎏ほど。

ウエストはドレスで隠してはいるが、大きくせり出している。恐らく、二段……悪くて、三段ほどになっているだろう。

そして太腿も同じく、成人女性の標準ウエスト並みとみた。

バストは100㎝を超えていそうだ。

二の腕も、背中も全体的に厚ぼったく、あごは二重になっている。

それは残念な事に、実年齢よりも老けて見せてしまう要因になる。

美鶴は生まれて初めて目にする「異世界の王族の姫君」を前に、深々とため息をつきたい気持ちでいっぱいだった。


全身にたっぷりと脂肪を蓄えた姫君は、せっかくの生まれ持った美貌を台無しにしているのだ。せっかくの輝く金髪に、ブルーサファイアのような瞳の色合いは、誰もが憧れるものだというのに!

妖精にだってなれちゃうかもしれないのに!!

ああ、なんと、もったいない……。

美鶴は無念さのあまり、心の中で叫び続けた。

もう少しだけ身体を鍛えて、アンダーバストを引き締めれば、誰もが羨む悩ましい魅惑のボディの持ち主になれることだろう。

何より、17歳と姫君はまだお若いのだ。

青春を、存分に謳歌していただきたいではないか。

美鶴はうさん臭そうに見られながらも、気にせず続けた。


「持って生まれた美貌が、全てを左右する? なるほど。姫様はそのように、お考えなのですね? 美は生まれつき恵まれているお方もいらっしゃるのは、揺るぎない事実にございますが、それを生かすも殺すも心がけ次第だと私は考えます」


脂肪に押し上げられたために細まって見える瞳に、興味の色が宿るのを見逃さない。美鶴は安堵した。やはり姫君も、年頃の女の子。

自分のルックスには、大いに興味があるし、変化を望んでもいるのだ。


「そもそも、美とは何でございましょう? 人は何故、美しさに惹かれ憧れるものなのでしょうか? わたくしめ自身は残念ながら、生まれつきの美しさには、恵まれていないと感じておりました。大きくなるにつれて、それは確信にまで至りました。ええ、どの世界でも女性は時に、若さや美しさで値踏みされるものですわ。悲しいで事ですが」


姫君の細い糸目にも、悲哀がにじむ。

姫君も、生まれからしても、常にジャッジされてきたはずだ。

だから、その痛みを知っている。きっと今も、その痛みに悩まされているのだろう。

何ともやるせなさそうに、視線を落とされた。

美鶴は続ける。


「わたくしは自身も含めて、様々な方の美のサポートに当たってまいりました。それを生業にしております。ですから、このたびは、このようなお話になった次第でございます」


このようなお話、の部分で、美鶴はやや視線を遠くに彷徨わせた。

黒ずくめの若者の、食えない笑顔がチラついたからだ。

結局はいいように使われるのか、自分!

そんな悔しさもよぎったが、すぐさま振り払って、仕切り直した。


「各国の超絶イケメンセレブエリートが、姫君に一目でもいいから、お目にかかりたくて連日列をなすところを想像してみてくださいませ。……最高に気分がいいとは思いませんか?」


姫君の瞳が、精一杯であろう見開かれ、いくらか大きく見えた。


「全てのカリキュラムをこなしました暁に、姫君には」


一呼吸おいて、美鶴は言い切った。


「魔王様だけでは飽き足らず、勇者様や各国の王子様を手玉にとっていただきたい所存にございます」

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