サキュバス夢想~超絶な俺が世界を救う~

ハイロック

第1話「ハロウィンという哲学」

 ハロウィンがここまで騒がれるようになったのは一体いつぐらいのころからだっただろうか。そもそも、ハロウィンとはなんなのか、そんな質問の答えをかき消してしまうほど、10月31日の渋谷はコスプレでごったがえしていた。


 陰キャとまではいわんけれども決して陽キャではない俺が、こんな場違いな場所に来てしまったのにはもちろん理由がある。


 昨日、友人の佐藤健文さとうたけふみは、ハロウィンの日に渋谷でコスプレやってるような女は、絶対ビッチだからきっと簡単にやらせてくれるはずだとか言う謎理論を構築した。そして、単純な俺はまんまとそのプレゼンテーションにのっかって、ここまで来てしまっただけなのである。能動性など皆無。


だが……。


「帰ろうぜ、聖夜せいや

 渋谷に来て、1時間で健文たけふみは言い出した。もちろん俺たちは誰にも声をかけられていないし、誰にも声をかけていない。

「……お前が来ようって言ったんだろ、せめて誰かに声をかけようぜ」


「だってよう、俺たちには無理だぜ、あんなパリピな連中に声をかけるような勇気は俺にもお前にもねぇだろ、せめて俺らもコスプレしてくればな」

「だから言ったじゃねぇか、私服は浮くって! しかも俺らの私服なんてダサいに決まってんだから、せめてコスプレでごまかすべきだった」

「お前だって、最終的にはコスプレは恥ずかしいって結論になっただろ」

「そりゃそうだが、いいのかここで帰って? お前が絶対童貞捨てるプラン建てたんじゃねぇか。責任とれよ」

「よく考えろよ、俺ら高2だぞ! こんな酔っぱらった大人たち相手に何ができんだよ、おとなしく撤退しよう。なあ聖夜」

「……」

「撤退するも勇気、これは戦略的撤退というやつだ、いや転進というべきだ。我々帝国海軍はこんな鬼畜米英の祭りに参加すべきでなかった」

 そんなこと言う健文に俺は徐々に怒りを覚えてきた。

「……じゃいい、お前は帰れ。俺一人でもやってやる」

「おい、落ち着けお前に何ができるんだ?  死ぬぞ?」

「俺は生きる、そして捨てて帰る。チキン野郎はそのまま一生童貞のまま茨城に帰りやがれ」

「……わかったそこまで言うなら止めはしない。俺は帰る。いい報告を期待してるぜ」


 などというやり取りがあって、俺は健文と別れて一人でコスプレの魑魅魍魎で湧きける渋谷の街を一人さまようことにした。

 無論、勿論、是非もなく、声をかけることなどおれにできるはずもなく、「あれは美人過ぎるな」「あれはブス過ぎる、お前がそのコスをするな」などと心の中で呟きながらいたずらに時間を過ごすのであった。


 「やらかした……」


 11時を回ってしまったのである。気が付けば人もまばらになっていた。これの危機感はわからないかもしれない。

 しかし、茨城出身の高校生にとってそれはもう帰れないことを示している。

 

「困ったな」

 本当にどうしよう、終電がない。上野までは行ける、しかしそこから先はどうにもならない。もちろん、ホテル代など持ち合わせていない。

 ……明日は学校もある。いやまあ、それはこの際どうでもいい、もしうまくいって童貞捨てるチャンスがあるならば、学校などさぼる気満々だったのだから。


 それにしてもそもそもホテル代すらろくに持っていない俺はどうやって女をひっかける気だったのだろうか。潜在的には不可能だと思ってたんだなきっと。


「我ながら愚かしい」

 そんなことを思わず口に出してしまった。


 考えてごとをしながら、どうしようもなく渋谷の坂を歩いてるうちに、本当に人気がなくなってきた。周りでは清掃活動をしてるボランティアたちもいる、そういえばそんなムーブメントも流行ってると聞いたことがある。

 いっそ混じって掃除して朝まで過ごすことも悪くないな。


 そんなことを考えていると、建物の陰で壁に背をつけてぐだっとしてる人影を見つけた。

 それがスーツ姿の酔っぱらいのおっさんならもちろんスルーしたであろう。

 しかし、その影は女の子であった。


 しかもとびっきり布の面積が少ない服を着ているコスプレイヤーだった。肌の色は褐色だ、日本人じゃないのかそれとも、黒ギャルなのか? それに寒くはないのか?

 ただ、そのコスプレの格好は見覚えがあった。


 遠くからでもわかる。あの極端に露出が少ないエチエチした服は、紛れもなくサキュバスだ。俺の心拍数が加速し始めるのだった。

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