第3話 神隠し その二



 回春寺というのは、村の西側の端のほうにあった。

 裏手は険しい山脈で、周囲を墓に囲まれている。目につくかぎり、人工の建物は寺だけだ。民家もない。

 墓も最近の霊園のようにキレイなやつならいいが、いつの時代からそこにあるのかわからないような苔むした古くさい墓石が乱雑に並んでいる。それじたいが死装束の死人が無言のまま立ちつくしているかのようだ。


「うわぁー。迫力ありますねぇ。やだなぁ。わたしなら、こんなとこには住めませんねぇ。ゾンビ出放題じゃないですか」

「いや、清美さん。ゾンビは出ないと思う」

「昨日、出ましたよ!」

「あれはゾンビというより、幽霊……」

「あっ! お墓に人がいるぅー。亡霊かも! 怖いよぉー」


 やっぱり清美がいるとピクニック気分になってしまう。緊迫感が大幅にそがれた。ここまでポジティブな人物も珍しい。昨日、生首の落武者を目撃したばかりなのに、清美の脳内構造はどうなっているのだろうか。本気で怖がっている節が感じられない。


「いや、清美さん。亡霊じゃないよ。お墓の掃除してるんだ。あれが住職かな?」


 作務衣さむえを着て、竹箒たけぼうきを使っている。いかにも寺の関係者だ。しかし、昔話に詳しいというから、もっと老齢な住職かと思えば、意外に若い。三十代のなかばくらいだ。小僧というには老けている。


「こんにちは。あなたが、ここの住職ですか?」


 龍郎が声をかけると、作務衣の男はふりかえり、頭をさげた。

「はい。そうです。どうも。あなたがたは?」


 そこで、それぞれ簡単に自己紹介をし、村の神隠しにまつわる昔話を聞きにきたのだと説明する。


「はあ、そうですか。穂村さんは大学の先生ですか。じゃあ、この村へは郷土史の研究でもされに来たんですか?」

「まあ、そんなようなものです」

「どうぞ。どうぞ。じつは僕も学生のころは郷土研究会のサークルに入っていたんですよ。まあ、女の子と遠野などに行って、ワイワイするのが目的でしたがね」


 穂村と人種が似ているようだった。

 同年代だし、二人は気があったのか、あれこれ遠野物語や妖怪の話をしだす。

 こほんと、龍郎は咳払いで二人のとどまることのない会話を阻害する。


「すいません。今回は遠野じゃなくて、この村の話を聞きたいんですよ。お願いします」

「あっ、こりゃ、どうも。つい懐かしくて夢中になってしまった。じゃあ、どうぞ。本堂のほうへ。立ち話もなんですので」


 ぞろぞろと墓のあいだを通り、本堂へと移動した。靴をそこでぬいで、阿弥陀仏の安置された板の間にあがる。


「住職お一人ですか?」と、たずねたときに、ちょうど外から小学生低学年くらいの男の子がランドセルを背負って走ってきた。男の子だが、ワンピースを着ている。この村の風習を聞く前なら、仮装大会かと思ってしまったところだ。顔がどこから見ても男の子なので、あまり似合っていない。


「ただいまー。お父さん。あっ、お客さんだった」

「おかえり。樹貴たつき。お客さんには『こんにちは』を言いなさい」

「こんにちはぁ」


 男の子は大人に興味がないからだろう。ほとんど龍郎たちの顔を見ることもなく、奥のほうへ駆けていった。


「お子さんがいらっしゃるんですね。じゃあ、ご家族で暮らしておいでですか?」

「そうです。家内と子どもの三人暮らしです。忙しいのはお盆くらいですから」


 現代の僧侶は妻帯できるから、家族で生活している人は珍しくない。とくに不思議には思わなかった。ただ、村の風習をしっかり守っていることに、あらためて伝承の影響の強さを実感した。


 だから、てっきり住職はこの村の出身だと思ったのだが、少し話を聞くうちに、ふもとの町から無住になったこの寺に派遣されてきたのだとわかった。


「それで、何が聞きたいんですか? なんでもお話しますよ。日ごろ、こんな話のできる相手に事欠いているのでねぇ」


「神隠しについて教えてください。穂村先生は蝦蟇仙人を調べているんですが、おれたちは人喰い熊の目撃例ですとか、犠牲者のお名前が知りたいです」


 龍郎は言いながら、話が長くなるかもしれないと、座布団の上で正座していた足をあぐらに崩す。青蘭が横目で見てマネをした。ヒナ続行中だ。


 住職はにこやかな笑顔のまま話を続ける。


「蝦蟇仙人はこの村で昔からよく見かけられたという妖怪の一種ですね。じつは、この寺の裏にある池に住んでいたってことですよ。なんというか、河童かっぱに近い存在です。人間から悪いことをしかけなければ、とくに向こうも悪さしないんですが、岸辺に座っている蝦蟇仙人にイタズラ心で石を投げつけた男が池に沈められたという逸話などもありますね」


「なるほど。それは河童の類型ですな。この地方には河童の逸話が多く残っている。この村でだけ、それが蝦蟇仙人にすりかわったということかもしれませんな」と、穂村が学者らしい受け答えを返す。


 龍郎はどうやら蝦蟇仙人の話は神隠しとは関係なさそうだと感じた。青蘭もそう思ったのか、靴下をはいた龍郎の足の裏を指先でなぞってくる。

 龍郎はくすぐったさに悶絶した。

 青蘭の手をつかまえようと攻防をくりひろげながらイチャイチャしていると、ニヤニヤ笑っていた清美が急にキョロキョロして立ちあがった。


「あれ? 清美さん?」

「ちょっと、お手洗いに……」と言って、外へ出ていく。女なのに野外でするつもりなのだろうか。


 なんだか、おかしい。

 いちおう清美も妙齢の女性だ。もしかしたら思っているより年上かもしれないが、一人で神隠し多発地域をうろつかせるわけにはいかない。


「青蘭。ちょっと、行ってみよう」

「えっ? 清美なんて、ほっとけばいいよ」

「そうもいかないだろ」

「もう、しょうがないなぁ」


 話に熱中している住職と穂村を残し、龍郎と青蘭も外へ出た。


 清美はまわりを見まわしながら、あれほど怖がっていた墓のあいだを通り、本堂の裏手へまわっていく。

 蝦蟇仙人が出没するという池のある場所だ。


「龍郎さん……」

「うん。ちょっと、マズイかもな」


 やけに清美の足が速い。

 龍郎たちは急いであとを追った。

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