第2話 六路村 その二



 今時、なんでこんな不便な場所に人が住み続けるのだろうか?


 村のなかを歩き始めて、ものの数分で龍郎は疑問に思った。

 どう考えても、なんの得もないだろうに、やはり先祖からの土地を離れられないからだろうか?


 たとえば、六郎伝説というのに数百億円の埋蔵金でもからんでいるなら、なんとなく離れられない人々の気持ちもわからなくはないのだが。でも、彼らが所持していたのは、ほんの数十万だという。まとまった額ではあるが、かと言って、一生を左右するほどではない。


「おれの実家はさ。ほら、青蘭も来たことあるだろ。兄さんの葬儀のときに」

「うん。古くて立派な屋敷だったね」

「まあ、いちおう旧家だから。でも、あのへんは数十年後には住む人がいなくなって、消えてしまうかもしれないんだって。M市とI市の周辺以外はほとんどの町が消えてしまうんだ。まあ、山のなかは暮らしにくいからね。じっさい、おれも兄さんも、けっきょく町なかに家を買ってるわけだし」

「僕は龍郎さんといっしょなら、どこでもいいよ?」

「そうだね」


 腕を組んで、田舎道をてくてく歩いていく。


 タンポポや蓮華れんげが花をつけたあぜ道。畑。田んぼ。棚田。そのあいだを無数に走る用水路。たまに民家。または雑木林。見かける車の多くは軽トラ。村の人たちが花見をするのだろう大きな桜の木。青空にトンビが輪を描き、遅れてきた山間の春の陽気が心地いい。


「六郎神社っていうのに行ってみようか? どこにあるのか聞いとけばよかったなぁ」

「てきとうに歩いてればいいよ。そのうち、たどりつくんじゃないの?」

「うん。まあ」


 一般人ならてきとうに歩いていても、一日中、何事もなく、ただの散歩で終わるだろう。でも、龍郎と青蘭には悪魔の匂いがわかる。なんとなく匂いの濃いほうへと進んでいく。


 まもなく、牧歌的風景にはあいいれないものを目撃した。


 位置的には村の出入口のほうへ向かっていた。たぶん、地蔵の立っていたあたりと高屋敷家の中間くらいだ。山と山に挟まれた谷底のようなところに河原がある。小川が流れていた。その近くに草むした空き地がある。


 細い獣道のような土の道を歩いていくと、その空き地の前にやってきた。遠くから見ただけでも何かいるなと思っていたのだが、そこに着物を着た男の霊がうろついていた。年はよくわからないが、華奢なので少年かもしれない。


 顔はわからなかった。見えないわけではなく、首から上がないのだ。


 少年の霊は何かを探すように、草むらのなかをウロウロ、ウロウロ歩きまわっている。いったい、何を探しているのだろうか?


「もしかして、殺された五人の侍の一人かな?」

「そうなんじゃないの? 着物も薄汚れてるし、草履ぞうりはいてる。最近の霊じゃなさそう」

「首がないから、無関係な霊とは思えないな」


 おそらく、落とされた自分の首を探しているのだろう。それにしても、なぜ、この場所なのかわからない。侍たちが六郎に殺害されたのがここなら、まわりにほかの侍の霊もいるはずなのだが、それらしい姿はなかった。


「首を見つけてやれば成仏するのかな?」

「退魔しちゃえばいいよ」

「いや、でも、かわいそうだよ」


 道端でゴニョゴニョ話していると、その声が聞こえたかのように、急に首なしの着物姿の霊が、こっちを向いた。頭部はないが、肩や首の動きがハッキリと、こっちをふりむくときのそれだった。


「あっ、しまった。気づかれた」

「龍郎さん。こっちに来るよ」


 青蘭の言うとおりだ。

 着物の亡霊は、さっきまで視界がきかないようすでフラフラしていたくせに、龍郎たちに気づくと、とつぜん突進してきた。あきらかに龍郎か青蘭に狙いをつけている。ことによると、青蘭のなかにある快楽の玉に反応したのかもしれない。


 とにかく、すごい速さだ。オリンピックの金メダリストでも、こんなに速くは走れないだろう。生きている人間には不可能な速度だ。


 龍郎は青蘭の手をひいて走った。

 霊を見るのには慣れたが、こんなふうに追いかけられたのは初めてだったので、ついとっさに逃げだしていた。


 龍郎もけっこう足の速いほうだが、どんどん足音が迫ってくる。草履が土の道を打つペタペタという音が、すぐ背後にまで迫った。

 なんで追ってくるのか理由がわからないので、むしょうに怖い。


「た……龍郎さん。戦ったほうが……」


 青蘭が息を切らしてささやく。

 龍郎も荒い呼吸を吐きながら答えた。


「そうだね」


 それで、あわてて立ち止まって、くるりと霊のほうをかえりみた。

 すると、霊もピタリと止まった。

 一メートルほどの距離で、つかのま、向かいあう。とくに何かをしてくるふうではない。


 数分間、そのまま見つめあっていた。いや、着物の少年には首がないのだが。そのようなそぶりで立っていた。


 そののち、少年は落胆したようだった。肩を落とすと、のろのろと、もと来た道をひきかえしていく。幽霊なのに、しょんぼりして見えた。


「なんだったんだろう? あいつ」

「さあ。でも、匂いはあいつじゃないよ。もっとさきのほうからする」

「そうだな。行ってみるか」


 少年の霊は最初の原っぱに帰った。

 やはり、何かを探している。

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