第61話 スワンプマンの思考実験

 釧路・月白・仁・光さんである。


「生物は一旦おいておいて、偶には思考実験でもいいかと思って」

「いいですね。てか分野跨ぎすぎなような気もします」

「生物、そう私達人間も生物、その生物の思考実験、ということはこれも生物に関する知識」

「こじつけが凄い」

  

 では始めるね。


 今回最初にするのはスワンプマンの思考実験。


 1987年にアメリカの哲学者ドナルド・デイヴィッドソンが考案した思考実験。


 内容としては


 ある男がハイキングに出かけました。その道中、この男は不運にも沼の側で、突然落ちてきた雷に打たれて死んでしまう。


 その時、もう一つ別の雷が、すぐそばの沼へと落ちた。


 なんという偶然か、この落雷は木の枝から化学反応を引き起こし、死んだ男と全く同一、同質形状の生成物を生み出してした。


 この落雷によって生まれた新しい存在のことを、スワンプマン、日本では沼男と言います。


 スワンプは英語で沼という意味で、マンは男、で直訳して沼男、ね


 スワンプマンは原子レベルで、死ぬ直前の男と全く同一の構造を呈しており、見かけも全く同一である。


 もちろん脳の状態、落雷によって死んだ男の生前の脳の状態、も完全なるコピーです。


 記憶も知識も全く同一で沼を後にしたスワンプマンは、死ぬ直前の男の姿でスタスタと街に帰っていきました。


 そして、死んだ男がかつて住んでいた部屋のドアを開け、死んだ男の家族に電話をし、死んだ男が読んでいた本の続きを読みふけりながら、眠りにつく。


 そして翌朝、死んだ男が通っていた職場へと出勤しました。


 これが沼男の話です。


 さて、この完全同一であるスワンプマンは果たして死んだ人間と同一なのかどうかが問題です。


 ツッキーはどう思う?」


「死んでるので違うかな」

「ツッキー、死んでると分かっているのはあくまで話を知っている神の視点だよ。

 ここでは釧路君が昨日、死にました。複製されたスワンプマン、スワンプ釧路は本体であり、コピー元の釧路に変わって今まで通り生活して、今隣に座っています。

 その釧路君は果たして本物? なのか、ということ」

「んー、でも他の人が違和感なければそれは本物かな」

「なるほど、釧路君は?」

「これはあれですよね、見方によって答えが変わる」


 あー、知ってたから進めます。


 物質経験時間 の流れという3つの視点で考えていきます。

 まずは、物質で考えると全く同じように構成されている為、同一人物となります。

 これは物理主義の考え方です。

 

 2つ目の経験だと記憶を引き継いでいます。しかし、記憶と経験は異なります。

 これは哲学の世界でフランシスベーコンが経験論を提唱していますが知識は経験によってのみ獲得できる、今回のスワンプマンの場合、記憶は引き継いでいますが、経験をしていない、と言えます。


 これにもう少し説明を加えるなら


 デイヴィドソンはスワンプマンの思考実験に続けてこう言っています。

「私のレプリカスワンプマンは私の友人を認識することはできない。

 誕生以前に実際に友人を認識したことがないのだから

 記憶の中に友人の名前はあるだろうがそれが他ならぬ特定の人物の名前であると 結び付けることはできない。

 同様に家という言葉で私が意味していることも理解できない。

 スワンプマンが発する家という音はそれに正しい意味を与えるような文脈で学習された ものではないので全く意味を持たない。

 つまりスワンプマンは家に帰ることもできない子記憶の中の友人の名前を特定の人物に 結びつけて電話をかけることともできない」

 デイヴィドソンは言葉の意味を理解するには正しい文脈での学習が必要だと言っています。

 これはすべての事象を歴史的生成過程の一段階における産物として理解し評価する、歴史主義と呼ばれたりします。


 単純に説明すれば私達は経験を通して特定のことを理解する、ということです。

 

 更にベース、死んだ男の視点では自分が死んだという認識で終わっていますが、スワンプマンは落雷に打たれても死ななかったという認識となり、その後の生活はスワンプマンしか知り得ないものです。


 その後の生活を送っているスワンプマンは明確に自我を持っています。

 これらのことから観念主義の考え方では偽物となります。


 3つ目の時間の流れっていうのはスワンプマンと元の男の時間の流れが過去と今で繋がっているかどうかということです。

 これは死んだ男はそこまで、スワンプマンはその後も時間が流れるので同一とは言えません。


 これが見る位置によってはスワンプマンが本物である、という簡易証明だね」


「まぁ、面白いのはここから派生したやつだな」

「派生?」

「そうそう、月白、青いタヌキ型ロボットいるだろ?」

「あれって猫型だったような気がするよ仁君」

「まぁまぁ、でだ、デマであることはまず、知っておいてくれ」

「うん」

「どこでもいける某ドアを潜る際に分子レベルで体をスキャンして、その後、分子レベルで消滅させ、通り抜ける先で分子構造を再構築させる。

 この時通り抜けた人間は本物かどうかってな」

「んー、意識があるのなら本物じゃない?」

「ふむ、ではどのくらい物質が入れ替わると異なる人間になってしまうのか、異なる人間になる境目は? という問題が起こるわけだ」

「ただ、現実的に考えればいくら物質が変わったからと言って異なる人間になるのか、そもそもそのような境界があるのか、だ。

 それなら同じ物質から再構築された人間は構築前の人間とは異なるわけだ」

「難しい」

「あくまで思考実験の延長上のような話だからな」

「釧路的にはどうなの?」

「ん? そうだな。我々は未だに心や魂といった概念を理解できていない。

 それらが解明すれば答えが見つかるんじゃねぇかなーって」

「逃げた」

「これらはあくまで文として読めば、だからな。実際俺の目の前にいる月白がスワンプマンである。

 って言われても生活に悪影響が出るなら問題だが、出ないなら放置だしな」

「酷いのかな?」

「さてな、俺にも正解はわからん」


 光さんが咳払いをする。


 思考実験の醍醐味の一つ。


 様々な条件で考えてみよう。


 この話では1度だったけど、無数の雷により無数の数の自分が生まれたしまった場合、それは全員自分であると言えるのか。

 

 雷が当たらず眼の前にはもう一人の自分が居たら、それは誰でしょう。


 そうやって考えていくのも面白いかもしれません。


 区切りがいいのでここらで終わりにしたいと思います。なにかありますか?」


「はーい」

「はい釧路君」

「光さん、珍しく端折りましたね。アイデンティティの話まで突っ込むと思っていましたが」

「長くなるし、あくまで触り程度、触り程度に抑えてね」

「はーい」

「はい仁君」

「アイデンティティの話がないとクローン技術に関して話ができませーん」

「ぐぬぬ」

「とは言え、中国ではペットのクローンが可能とかなんとか、光さんはどう思いますか?」

「法律的には問題ないでしょう。何せ車で轢いても器物破損になるので、あくまで法律上の区分では物、でしょう、倫理的には待ったをかけたいですが、はいツッキーは?」

「えっとちょっと難しくて私はパスで」

「では今回はここまでで、釧路君、ロイヤルミルクティーを」

「今はミルクがありません、ストレートで我慢してください」

「仕方ないなー」

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