秋風に揺れる楓眺め、君は何想う

霜月秋旻

秋風に揺れる楓眺め、君は何想う

「今日は有難うございました。とても楽しかったです」

 感情が込められていないような顔と口調で、彼女はそう告げた。そして僕の前から姿を消した。紅く染まった楓が舞う、秋の夕暮れのことだった。


 わかっていた。僕に対する特別な感情など、彼女には始めから無いことくらい。


「私のことは、カエデと呼んでください」

 彼女と初めて出会ったとき、彼女はそう言った。ある店で彼女を見て、一目ぼれをした。そして彼女に声をかけて、それから彼女と僕は付き合うことになった。

 それからカエデと、いろんな場所へ行った。面白いグッズが豊富にある店、おしゃれな喫茶店、ピッツァが美味しいレストラン、ゲームが豊富なゲームセンターなど、カエデはいろんな場所に詳しく、その場所へ行くための最短ルートを知っていた。今日上映される予定の映画のスケジュールも把握していた。普段から、いろんな場所へと行き慣れているのだろう。僕と会う以前から、今までいろんな男とデートをしてきたのかもしれない。そう思うと、少し胸が苦しくなった。

 デートの終わりに、紅葉が美しくデートスポットに最適とされる『くれない公園』を訪れた。そしてベンチに二人で座り、今日のデートを振り返った。

「今日のデート、いかがでしたか?自由にお答えください」

 彼女はまるで顧客アンケートを取るかのように、僕に事務的に尋ねた。

「楽しかったよ。普段ひとりでは行かないような場所に行けて、とても充実した一日だったよ」

「そうですか。嬉しい限りです」

 嘘は無かった。本当に充実した一日だった。今日一日を充実させるために、僕はこの『カエデ』をレンタルしたのだから。


 ウーマンズロボットレンタルショップ。そこは名の通り、女性型ロボットをレンタルできる店だ。留守中に家事をしてくれるロボットや、育児をしてくれるロボット、介護してくれるロボットなど、多種多様の品揃えだ。そこで僕は、『カエデ』を見つけた。

 そう、彼女はアンドロイドだ。一人では行きづらい、カップルまみれのデートスポットに一人で行って惨めな思いをしなくて済むように、二十四時間限定でレンタルできる少女ロボット。おまけに、ルートナビや周辺スポット検索機能つき。日本全国のどのお店にも詳しい。返却前に、レビューを彼女に伝えると、レンタル料が十パーセントオフになる。


「今日は有難うございました。とても楽しかったです」

 彼女が別れ際に放ったその言葉に、感情が込められていないことなどわかっていた。今日のデートで、彼女はずっと真顔のままだった。美味しいピッツァを食べても真顔、コメディ映画を観ても真顔、カメムシが顔に止まっても真顔で潰した。目の前にある紅く色づいた楓を見ても、おそらく何の感情も持たないのだろう。アンドロイドである彼女に、あらゆる『感情』を求めてはいけないことなど、僕が彼女を店で選んだときからわかっていたのだ。しかし彼女とデートをしているうちに、彼女に『笑顔』を求めている自分がいた。造られた笑顔ではなく、彼女の心の底からの、本当の『笑顔』を。


「あ、忘れてました」

 そう言って、一度僕に背を向けたカエデが、再び振り向いて僕に手を差し出した。僕に握手を求めているのだろうか。

「本日のレンタル料請求額、九千七百二十円になります」 

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秋風に揺れる楓眺め、君は何想う 霜月秋旻 @shimotsuki-shusuke

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