夢物語の備忘録

大河井あき

2019/12/12 艶かしい感触

 この文章をタイプしている今もなお、夢の中で味わったあの艶かしさが手に残っている。夢は見るものだと考えていたから、触覚がはたらいたことに驚いた。しかし、私の部屋にあの手触りを有するものは一つとして無い。艶かしい感触は、確かに夢の中に存在していたのだ。



 私は別の夢で一度見たことがあるかもしれない場所にいた。

 雑草が所々に生えている広い砂利道。その脇には瓦屋根の建物が並んでいる。見たことがあるとは思うのだが、詳細は思い出せない。

 私は友人と一緒に歩いていた。顔も名前も知らないが、少なくとも私は友人であると感じていた。

 目的は悪戯心を満たすためか、あるいは極秘の調査か。何と、男子禁制の場所に潜り込もうというのだ。道理で友人も私も晴れ着を纏って布を頭巾のように頭に巻き、男性らしさをごまかそうとしているわけだ、と夢特有の奇怪な衣装にも納得した。

 辺りを見渡してから前を向くと、目線の移動に合わせるようにして風景が変化し、私たちはどこかの校舎の中へ移っていた。

 学校にしては廊下が二、三倍ほど広い。また、どうやら文化祭の最中らしいのだが、どの教室も窓に暗幕を付けている。まさか全クラスお化け屋敷をやっているとでもいうのだろうか。他にも、至るところで廊下に置かれているブルーシートや角材が気になった。たとえ準備が間に合わなかったとしても、片付けをしないということはありえるのだろうか。窓外では日が暮れようとしている。文化祭はもうすでに終盤であるはずなのに、それでもなお放置しているというのだろうか。

 数多ある違和感。しかし、友人は全く意に介す様子もなく軽い足取りで進んでいく。後をついていくと、廊下の真ん中を陣取っている受付に辿り着いた。集改札ボックスのような仕切りの中に二人の女性が入っていて、通る人ににこやかな笑顔を向けている。緊張しながらも私たちが通ると「どうぞー」と笑みを崩さず見送ってくれた。どうやら男性であることはばれなかったようだ。

 通路は受付の奥、左手側にある階段に続いていた。階段の手前で、下りてきた二人の女性が「面白かったね」「うん、楽しかった」と他愛無い感想を交わしつつ横を通り過ぎて行った。

 踊り場を三個ほど過ぎたあたりだろうか。色彩が前方から順にフェードアウトし、いつの間にか私たちは暗闇の中にいた。

 そして、一瞬だった。全身の力がふっと抜けて、痺れを感じない麻痺状態に陥ったのだ。膝から崩れた私の身体は、闇と同化して見えない数人の腕によって絡めとられた。足が宙に浮き、腕がだらりと垂れる。指先が地面に触れてしまいそうだった。あまりにも突然だったので、声を上げることすらできなかった。

 輪郭も見えない人物たちは、私を持ったまま滑るようにして前へ前へと進んでいく。脱力しきった私ができるのは、両腕をわずかばかり広げたり閉じたりすることだけ。指の開閉すらままならなかった。

 私の両手が地面から隆起する何かを挟んだのは、友人を見失ったことに気付いてすぐだった。温もりがあり、上品な曲線を描いていて、布地の触り心地に覆われている。いや、違う。これは地面から隆起したものではない。現実では触れたこともないはずだが妙な確信があった。

 おそらく、脚だ。ソックスを履いた女性の一本の脚だ。

 恐ろしくも魅力的なのは、その脚には末端が無く、太ももとふくらはぎが延々と繋がっているらしいということだ。ゆえに、ソックスを通して柔らかい脂肪と弾力がある筋肉の感触が交互に間断なく伝わってくる。その艶かしい快感に、挟んだ手をなかなか放すことができなかった。

 しばらくして、私はわずかに冷静さを取り戻した。そして不安に襲われた。依然として前進を続ける腕たちは一体どこへ向かっているのだろうか。この快楽に終わりはあるのだろうか。もしかしたら、このまま引き返せないところまで行ってしまうのではないか。

 ひゅんと縮み上がった心臓が、抱えている奴らを振り払って早急に逃げろと警告し始めた。しかし、快楽に浸った脳は、まだ逃げるには惜しいだろうと躊躇っている。板挟みで心臓が熱くなるほどに悩み、悩み、悩んだ。そうしてようやく、抜け出すことを決心したのだ。

 力を少しばかり取り戻した身体を芋虫のようにもごもごと動かすと、私を抱えていた腕たちはあっさりと束縛を解いた。蒸発した、と表現するほうが適切かもしれない。自重じじゅうで落ちた私は、今度は手を放そうと試みた。

 しかし、その瞬間だった。脚は布地を纏ったまま腕と化し、その手で私の左手を掴んできたのだ。これはまずい。振りほどけば掴まれる。振り払えばやはり掴まれる。その応酬がしばらく続いて――。



 ここで、目が覚めた。

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