138.戦うのは何の為か
爆撃音。
目を向けた先には、炎で形作られた巨躯の
それを二刀のサーベルで切り裂いたマティエルが、竜を頭から両断する。その竜が崩れ落ちる刹那、上空からアルトさんが斬りかかっていた。
飛び退いて避けるマティエルに、剣を地に差して軸としたアルトさんが蹴りを放つ。それはマティエルの頬を掠めたようで、その場所から一筋の血が流れた。
再度剣を構えて向き合う二人。
よく見れば、互いの体には細かな傷がついているようで、纏う服は裂けて血が滲んでいた。
「何故ここまで来た。何故そうまでして私の邪魔をする」
「お前の望む世界じゃクレアは笑えないからな」
「ふん、お前の意思はそこにないか」
「充分だろう? 俺は、俺の守りたいものの為に戦うだけだ」
「相容れぬわけだ」
低く笑ったマティエルがサーベルの剣先をアルトさんに向けた。
剣に宿った光は赤。それが光線となってアルトさんを射抜こうとする。即座にアルトさんが張った結界にそれは弾かれるけれど、間を置かずに二射、三射。続けざまに放たれる赤の直線をアルトさんは結界で防いでいく――それなのに。
「ぐ、っ……」
零れ落ちたのは苦悶の声。
アルトさんの足を貫くそれは、地から突き出る刃。紅蓮に刀身を光らせる刃が、アルトさんの足の甲から突き出ている。
あの光線も目眩ましにしか過ぎなかったのだろうか。
そんな事よりも。
息が出来ない。叫びそうになるのを、口を両手で押さえて噛み殺す。
「これで機動力も削がれるだろう。後は嬲るだけだ」
「……やれるものならやってみろ」
足を持ち上げ、刃を引き抜くと傷口から血が吹き出る。
鬱陶しそうに眉を寄せたアルトさんは片手に炎を生み出すと、それを傷口に落としてしまう。肉の焼ける臭い。一体何を……。
あの傷を癒せたら。
例えアルトさんの側に回復薬を転移させたとして、それを飲む隙をマティエルはくれないだろう。
「……よし」
炎が消え、アルトさんは爪先で何度か地を蹴っている。
その表情に苦痛の色はなく、ただ敵意を持ってマティエルを見据えるばかり。
まさか、傷を焼いて止血した? ……いやいやいや、荒療治過ぎるでしょう。
怪我をしているとは思えない程の勢いで、アルトさんが駆け出した。下段に構えた剣は炎を帯びているのがわかる。何物も焼き尽くす程の業火、美しい紅色。
白銀の翼を広げたマティエルも水平に飛んで距離を詰める。
響く剣戟。斬り結ぶ度に互いの肌は切り裂かれ、血飛沫が飛ぶ。マティエルが放った火炎球を結界で弾き、時には切り裂くアルトさんの刃が――届いた。
「っ、ああああ!」
アルトさんの刃はマティエルの翼を片方、切り落としていた。
風に舞う白銀。
その場に膝をついたマティエルの首に、アルトさんが剣を突きつける。
「諦めろ」
「……何を? いまここでお前を討つ事をか?」
羽根が落とされるのは、とてつもない痛みなはず。
わたしの背にある羽根まで、ずきりと痛むような感覚に襲われる。
マティエルの額に浮かぶのは脂汗。顔色だって悪い。それなのにマティエルは――嗤った。
「どれだけ傷を負っても構わん。シャルテさえ復活すれば私の目的は果たされたも同然だ。私の望みはメヒティエルと共に在る事、それだけだからな」
痛みに顔を歪めながらも、力強ささえ感じる声。
「そこに……母さんの意思はないのに?」
思わず漏れたわたしの声に、マティエルが低く笑う。濃紫の瞳に悲哀が陰を落としている。
「知っているさ。メヒティエルがあの悪魔を愛している事も、
わたしは何も言葉が思い浮かばなかった。
その答えを、わたしは持っていない。マティエルが自分で探さなければいけないのに、彼は母への想いに囚われすぎている。それが切なくて、苦しい。
――不意に、空が揺れた。前触れも何もなく、唐突に。
見れば森の向こうに、光輝く聖剣の姿。
巨大に身を変えたその剣が、切っ先を下に向けて空に浮かんでいる。何かの紋様が刻まれた黒い帯が、聖剣に纏わりついている。
金色に輝く美しい装飾なのに、濁った空に浮かぶそれは不気味で仕方がなかった。
「ぐっ!」
アルトさんがくぐもった声を上げる。
マティエルの放った衝撃波を直近から受けた彼は、大地を削り取るようにわたしの側まで吹き飛ばされてきた。
砂埃が落ち着いた先に見えたアルトさんは、眉間に皺を寄せてマティエルを睨んでいる。結構な衝撃だったにも関わらず、大きなダメージではないようだ。
「私達の勝ちだ」
マティエルは背から溢れる血を気にした様子もなく、片翼で飛び立った。ふらふらとその飛び方は覚束ないけれど、真っ直ぐに森の奥へと向かっている。
「くそ、逃げられた」
「アルトさん!」
思わず結界を解いて駆け寄ると、間近で見るその姿は傷だらけだった。
わたしは片手で収納を開くと、特製回復薬を押し付ける。
「平気だ」
「飲んでください! まだ終わってないんですから!」
マティエルは時間を稼いでいたのだろう。
あの巨大な聖剣はシャルテを復活させる最後の鍵。
「グロム!」
わたしの声に、異形を相手にしていたグロムが振り返って頷いた。
彼の足元には炭化した異形だった物達が崩れている。
グロムが槍を振るう度に、雷糸が異形達を切り刻む。
無数の肉片となった赤い異形達は降り注ぐ雷撃に焼かれる他なかった。
「なんだ小僧、逃がしたか」
「……お前こそ満身創痍だな」
わたしは取り出しておいた特製回復薬をグロムにも押し付けると、アルトさんの傷を確認した。
ちゃんと薬を飲んでくれたおかげで、傷はすべて癒えている。自ら焼いた足の傷も問題ない。
「飲ませてくれぬのか」
「もう、それどころじゃないんですってば! あれ! シャルテが復活しちゃう!」
焦るわたしの頭にぽんと片手をのせながら、グロムは回復薬を飲んでいる。さすがは守神、飲んだ側からすぐに傷が癒えていくのは圧巻だった。
「分かっておる。あれを止めれば全て終わるのであろう」
「簡単に止めさせてくれたらいいんですけどね」
「問題ない。全て斬ればいいだけだ」
「物騒!」
いつもの気安いやりとりに、強張っていた体から力が抜けていく。そうだ、気負っていても何にもならない。
わたしは、わたしの出来る事をするだけ。この大切な人達と一緒に。
傷の癒えた二人が、わたしの肩にそれぞれ手を乗せる。
行こう。
わたしは勇者の気配を探る。光のような闇のような、曖昧な気配。そこに向かって意識を集中させる。
慣れた浮遊感と、空間が揺らぐ感覚。
わたし達は聖剣のすぐ側、混沌を臨む崖の上に居た。
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