111.再会したふたり

「クレアでしょ?」


 ジュディスさんがわたしに向かって駆け出して、クエントさんも一拍遅れて追いかけてくる。

 今更誤魔化せるわけもなく、わたしは人差し指を自分の口元に添えた。


「すこーし声を抑えて下さいな。お久しぶりですね、ジュディスさん、クエントさん。お元気そうで何よりです」

「なんかワケありね?」


 相変わらず察しのいいジュディスさんに促され、わたし達四人は近くの細い道に入った。それだけで喧騒が遠ざかる。


「元気そうね、クレア。会えて嬉しいわ」

「お隣の人は……?」


 クエントさんはアルトさんが気になるのかな。そうだよね、あの時『友人から逃げた』なんて身の上話をしたわたしが一緒にいる人だもんね。そのアルトさんはまだ警戒を解いていない。わたしはアルトさんに大丈夫だと笑いかけてから、ジュディスさん達を紹介するように手を向けた。


「クエントさんと、ジュディスさんです。前に偶然行き合った方々で……ほら、わたしが一人で戻っていた時に」


 わたしがひとりで逃げた時。


「そうか。俺はアルトだ」


 穏和なエルフではなく、アルトさん自身として挨拶をしている。二人は会釈をしてそれに応えた。


「命を助けてもらったのよ。クレアに会わなかったら、大毒蛾ベネノブラッタに食べられていたわ」


 アルトさん纏う気配が一瞬険しくなった。わたしも危険だったんじゃないかと、それを心配しているのかもしれないから、あとでちゃんと説明をしておかないと。


「お二人とも、どうしてここにいるんですか?」

「やだ、忘れたの? あたし達は王都のギルドに所属してるって言ったでしょ」

「……そうでした」


 あれはフェガリだったのか。勝手にネジュネーヴェだとばかり思っていたけれど。それならあんな大毒蛾が現れたのも頷ける。澱みの強い土地だものね……。


「それで、あんたはお友達と仲直りが出来たのね?」


 物思いに耽っていると、ジュディスさんが笑った。わたしはなんとなく気恥ずかしさに襲われたけれど、それでも素直に頷いた。


「出来ました。あの後すぐってわけじゃないんですけど……やっぱりわたしは勇気が出なくて。でもアルトさんが迎えに来てくれたんです」

「そうか、良かったね、クレアちゃん」


 わたしの事なのに、二人も嬉しそうに笑ってくれる。ああ、本当に優しい人達。


「でも本当にお友達なの? どう見ても――」

「ジュディス!」


 わたしとアルトさんの手元を見ながら紡がれるジュディスさんの言葉を遮ったのは、クエントさんだった。苦笑いを浮かべながら、首を横に振っている。


「それよりクレアちゃん、聞いてくれる? 俺達、結婚したんだ」

「ええ!? いや、クエントさんはジュディスさんが好きだったけど……展開が早くないですか?」

「クレアちゃん、はっきり言うのやめて。恥ずかしい……」

「はっきりさせようかなと思ったら、いっそ結婚しちゃおうかなって思ったのよ」

「そうだったんですね。ふふ、おめでとうございます」


 顔を真っ赤にさせるクエントさんも、肩を竦めるジュディスさんも幸せそうだ。そんな二人の様子に、本当に救えて良かったと改めて思う。


「あんた達はこれからどこに行くの?」

「リュナ月教の大教会へ行こうかと」

「リュナ月教ねぇ……信者なの?」

「そういうわけでもないんですが……」


 ジュディスさんが一瞬眉をひそめた。何て言っていいか分からずに言葉を濁してしまったけれど、リュナ月教に何かあるのだろうか。


「ステンドグラスが有名だと聞いたから、見てみたいと思ってな」


 アルトさんが口を開くと、二人とも納得したように頷いた。ステンドグラス? そうなの?


「確かに綺麗ね。でも気を付けてね」

「……リュナ月教って、何かあるんですか?」


 何となく声を潜めてしまう。わたしの問いに眉を下げたジュディスさんは、わたしの頭をぽんぽんと撫でた。リボンカチューシャを見て、可愛いと言いながら。


「なんか最近、対魔族への意識が一層強いのよ。いくらうちの国が戦争に賛成して、勇者を崇めているからって、ちょっとね……」

「何かあったらいつでもギルドにおいでね」


 心配そうな二人の視線が、わたしの隣のアルトさんに移る。その後に二人揃って、何かを納得したように頷くのは不思議な光景だった。


「……でもまぁ、そのおにーさんが居たら大丈夫そうね」

「前に言っていた護衛の人かな」


 超人の気配が漏れ出てるんだろうか。

 

「とにかく、気を付けて」

「ありがとうございます。お二人とも、どうぞお幸せに!」


 二人に手を振って、わたし達は細道に出た。暗い場所から表通りに出たから、目が眩しくて片手で日除けを作る。


「……結婚ですかぁ」

「憧れがあるのか?」

「それはまぁ、一応女の子ですからねぇ。でもレオナさんに言わせたら、わたしには夢が足りないそうですが」

「そうか」


 目が慣れてきて、手を下ろしながら歩き始める。繋いだ手を軽く揺らされ、どうかしたかとアルトさんを伺うと、モノクルの向こうで目が眇められた。


「それで……大毒蛾と対峙した時の事を聞かせてくれるか」


 おおっと。忘れていなかった! そんなことより、冒険者がああ言うだけのリュナ月教のこととか、他に話す事があると思うんだけど。

 なんて思ってもそれを伝える勇気もなく。わたしはこの過保護な護衛に、ジュディスさん達を助けた時の事を細かく説明する羽目になったのである。

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