99.今日も今日とて人助け―金ピカ鎧と二人の騎士②―

 わたし達がなんとかその場から離れようとしている時、「うぅ……」と倒れている男からの呻き声が聞こえた。わたしは思わずアルトさんの背後から飛び出すと、その男の側に膝ををつく。

 様子を伺うと怪我をしている黒髪の男はゆっくりと目を開けて、何度か緩慢な瞬きを繰り返す。まだぼんやりとしているようだが、その瞳には力がある。問題ないだろう。


「大丈夫ですか?」

「う……レスト様は……」


 レストって誰だ。

 そう思っているともう一人の緑髪の男が近付いてきて、わたしと同じように膝をついた。


「ご無事だ。この方々が助けてくださったのだ」

「よかった……」


 怪我をしている男は心底安堵したように、深く息をつく。

 この二人の鎧はそこまで煌びやかではなく、実用的に見える。白い短めのマントは血と泥で汚れて、所々が破れてしまっていた。

 恐らくあの金ピカ鎧はレストといいう名前の貴族か何か。身分の高い人だろう。この二人はお付きの騎士だと思う。緑髪騎士が、黒髪騎士に手を貸してその場に座らせる。


 ふと自分の胸元を薄く覗くと、生命の輝きが溜まっている事に気付いた。黒髪騎士が意識を取り戻したからだろうと思う。

 周りの気配を探っても、小さな魔物の気配はあれど、先程のような脅威は感じない。この人達だけでも大丈夫だろう。となれば、もうこの場を離脱しても問題ないな!

 わたしはそう思って、側に来てくれていたアルトさんに目を向ける。言葉にしなくても彼には伝わるようで、小さく頷いてくれた。


 適当な事を言ってこの場を後にしようと立ち上がる。その瞬間にわたしは手を強く引っ張られて、たたらを踏んだ。それを受け止めるのは金ピカ鎧。わたしの手を引っ張ったのも金ピカ鎧だ。

 鎧に覆われていない、腕から伝わる体温。慣れた温もりじゃない、わたしよりも低いその温度を認識した刹那、わたしの背筋がぞわりと寒気だつ。金ピカ鎧はわたしの顎に指を掛けて上向かせながら、満足そうに一人で頷いている。


「ふむ、変な眼鏡をしているが、よく見れば可愛らしいじゃないか。気にいった。俺の屋敷に招待してやろう」


 結構です、と拒否するよりも早く。

 わたしの体はアルトさんに奪われて、その背中に隠されていた。早業に何があったか分からずに、わたしは目を丸くするばかり。


「無礼者め。俺をレイナルズ家だと知らんのか」


 知りません。

 そう言ってやろうかと思ったけれど、わたしを隠してくれているアルトさんの機嫌が急降下しているのに気づいて、口を噤んだ。


「レスト様、ひとまず山を降りましょう。君達も、私達と共に行こう。礼をさせてくれ」


 剣呑な雰囲気に割って入ったのは、緑髪騎士だった。

 アルトさんは未だ警戒した様子で、わたしを背中に庇ってくれている。そんな中でわたしがしゃしゃり出てアルトさんに迷惑をかける事も宜しくないだろう。わたしは大人しくしている事にした。……正直なところを言えば、あの金ピカ鎧を見たくないというのもあったのだけれど、まあそれは置いておいて。


「通りがかっただけだ、礼はいらない。失礼する」


 アルトさんは感情の乗らない声で言葉を紡ぐと、後ろ手に回した手でわたしの腕を掴む。走るのかな? いつでも駆け出せる準備はしておこう。


 そう思ったその時、金ピカ鎧がわたしとアルトさんの腕を掴んできた。わたしが内心で悲鳴をあげた時、わたしが腕に着けていた魔道具の碧石が強い光を放ってひび割れた。

 一瞬で強固な結界が張られて、金ピカ鎧は吹っ飛ばされる。結界の中に居るのはわたしとアルトさんの二人だけ。


「……威力が強いな」

「うぅん……ちょっと魔力を込めすぎたんでしょうか」


 結界の中で、ぼそぼそと会話を交わす。やり過ぎた感はあるけれど、触られた場所がまだ怖気立っているから後悔はしていない。

 吹っ飛ばされた金ピカ鎧は緑髪騎士に受け止められていた。


「……いまのは一体」

「結界……?」


 緑髪騎士と、立ち上がって金ピカ鎧を支える黒髪騎士が唖然とした様子で呟いている。


「おい! いまのは何だ!」


 衝撃から復活した金ピカ鎧が喧しい。

 結界を解除したら、すぐにでもここから走って逃げようか。アルトさんのローブを軽く引っ張ると承知しているとばかりに頷いてくれる。


「魔導具でしょうか」

「なに? そんな魔導具はシュトゥルムにも無いぞ。おい娘! その魔導具をどこで手に入れた!」


 ……シュトゥルム?

 いま金ピカ鎧はシュトゥルムと言っただろうか。


「……ここってシュトゥルムだったんですねぇ」

「シュトゥルムの貴族か、関わらない方がいいな。それにしても……」

「アルトさん?」


 何かを言いかけ、アルトさんが周囲に視線を巡らせる。冬の気配が色濃く残る山林だ。気配を探れば魔物の気配が多い。もう動物が棲めない場所なのかもしれない。

 そうか、この違和感は……。


「ああ、澱みが酷い。この山だけなのか、それとも他の場所もなのか」


 アルトさんがわたしの心を読んだかのように頷いた。今も金ピカ鎧は結界の向こうで喚いている。騎士二人が宥めようとしているけれど、彼らもこの結界魔導具に興味があるようだ。


「あの……どうしてあなたたちは、この山に居たんですか?」


 結界があるから、アルトさんの後ろから一歩進み出ても平気に思える。金ピカ鎧というよりも騎士に問いかけたのだけど、口を開いたのは金ピカ鎧だった。


「そんな事よりもこの魔導具だ、どこで手に入れた!」


 煩いなぁ。

 わたしは黒髪騎士に目を向ける。黒髪騎士は一度わたしの隣に目をやって、一瞬怯えたような表情を見せてから口を開いた。……アルトさんが目で脅したな。


「国の中でも魔物がよく出没するようになったのは、あなた方もご存じだろう。レイナルズ領も例外ではなく、ご子息であるレスト様が魔物退治に赴かれたのだ」


 魔物がよく出没するようになった?

 勇者の出身国である、このシュトゥルム王国で?


 わたしとアルトさんは思わず顔を見合わせていた。


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