98.今日も今日とて人助け―金ピカ鎧と二人の騎士①―
さて、今日も今日とて人助け!
ここはわたしの部屋である。
『声』が聞こえたわたしが、魔導具を使って色彩を金髪青眼に変えると、ソファーで本を読んでいたアルトさんが立ち上がった。転移する先が暖かいのか寒いのかも分からないから、コートは収納に入れておく。アルトさんのも預かって、わたし達は軽いローブを羽織るだけにした。丸眼鏡を掛けて準備は完了。
「行くか」
「はい、今日も宜しくお願いします」
差し出された手に自分のそれを重ねると、わたしは意識を集中させて『生を願う声』の元へ転移をした。
転移した先は森の中だった。雪はない。抜けるような青空の下、木々は冬らしくその葉を落としている。
それだけなら穏やかな風景なのに、この森には動物の気配が何もない。代わりに場を満たしているのは、目眩がする程の澱みと殺気だった。
「……なんでしょう、この気配。気持ち悪い」
「澱みが酷い。魔物が溢れているのかもしれん。気をつけろよ」
「アルトさんも」
ちらりとアルトさんの手首に目をやると、結界の腕輪がしっかりはめられている事を確認する。それに気付いたアルトさんは気まずそうに笑った。
「ちゃんと着けている」
「外しちゃだめですからね」
ヴェンデルさんにもお説教されているから、もう外したりはしないだろうけれど。
さて、こんな中で『生を願う』だなんて、魔物に襲われているのだろうか。それなら早く向かわないと。
そう思って改めて気配を探った瞬間、爆音が響く。巻き上がった風に揺れた体はアルトさんが支えてくれた。
「行くか」
「ええ」
わたしはアルトさんに手を引かれて、走り始めた。
爆音は絶えず響いている。どうか生を諦めないでくれますように、そう願いながら足を進めた。
気配を探らずとも、その存在感は圧倒的なほどだった。
巨大な熊。その巨躯は黒い炎に包まれている。
闇熊の前には三人の男。一人は剣と盾を持ち、その爪で嬲られながらも戦っている。もう一人は剣を構えてはいるものの、腰が引けていて戦える状態ではないようだ。そしてもう一人は地に倒れ伏し、その周辺を真っ赤に染めている。わたしを呼んだのはこの人だ。駆け寄ってその生死を確認すると、小さな呻き声が耳に届いた。
良かった、間に合った。
「お前たち、冒険者か! 俺を助けろ!」
腰が引けている男が、わたし達に気付いて裏返った声を上げる。アルトさんはわたしに近付くと耳元に口を寄せて囁いた。
「嫌な予感がする。回復薬を使わなくても治せそうか?」
「はい、出血の割には酷くないので。……結界も張らない方がいいですよね」
「そうだな。これを持っていてくれ」
アルトさんは闇熊から目を離さないまま、手首に着けていた腕輪をわたしに落としてくる。それを受け取ると小さく頷いた。
剣を抜いたアルトさんが闇熊へと近付いていく。その背中に恐れや気負いなどは微塵も感じられない。まぁアルトさんなら大丈夫でしょう。
わたしは両手を翳して、男の回復を始める。意識を集中させると緑色の光が細かい粒子となって降り注ぐ。その光粒を浴びたところから、傷口はゆっくりと塞がっていった。
ライナーさんに治癒魔法を教えて貰っていて良かった。内心でそんな事を考えながら、男の様子を観察する。出血が多いが生死に関わる程ではない。この後、数日休めば回復するだろう。まぁ特製回復薬を飲ませれば一発なんだけど……アルトさんの予感はきっと当たるから、魔法だけで治した方がいいだろう。
命に関わりそうな傷だけを塞いで、闇熊はどうなったかとそちらを見た瞬間。黒い巨躯が崩れ落ちるところだった。
首を落とされた闇熊がじゅくじゅくと不気味な音を立てながら地に溶けていく。アルトさんは剣を振って血を払うと納刀した。あれだけの巨躯を相手にしてもかすり傷のひとつもなく、涼しい顔をしている。超人だからね、うん……。
「よ、よくやったぞ」
腰が引けていた男は、いつの間にか腰を抜かしていたらしい。その場に座り込みながらも、偉そうな声をアルトさんに掛けている。アルトさんはその男を一瞥してから、わたしへと近付いてきた。
「怪我はどうだ?」
「大きな傷は塞ぎました。命を落とすことはないでしょう」
しかし男はまだ気を失っている。これだと『生命の願い』を集める事は出来なさそうだ。あれは感謝の思いが輝きになって現れるものだから。
それでもここで厄介事に巻き込まれるなら、『生命の願い』を諦めてもいい。救えたのだから、もうそれでいいとも思えるのだ。
「そうか。じゃあ行くか」
「ええ、行きましょう」
アルトさんはこの場を離れたいようだ。わたしもそれに異論はない。
「ま、待て!」
まだ座り込んだままの男が、声を荒げる。よく見ればこの男は三人の中でも位が高いのか、一際金ピカの鎧を着けている。胸に刻まれているの紋章は家のものだろうか。これでもかと大きく主張されている。
もう一人の男と、怪我をしている男は揃いの鎧をつけている。白いマントは血と土で汚れてしまっているけれど。
「お助け下さって、ありがとうございました」
最後まで戦っていた男が、わたし達に頭を下げる。胸に手を当てるそれは、騎士の礼。
「いや、通りかかっただけだから気にしなくていい」
「しかし、あなた達が来て下さらなければ、私達は全滅していたでしょう」
「気にするな」
わたしを背に隠すようにして、アルトさんが言葉を交わす。わたしは有難くアルトさんの後ろに隠れていた。金ピカ鎧がじっとこちらを見てくるものだから、非常に居心地が悪いのだ。
「お前達に褒美を取らす。俺と共に来るが良い」
落ち着いたのか、金ピカ鎧が立ち上がると顎を突き出すようにしてふんぞり返る。随分と偉そうだけど、まぁ偉い人なんだろうな。金ピカだし。関わりたくないな。
アルトさんも同意見なのか、その横顔からでも不機嫌そうなのが伝わってきた。
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