93.年越しの夜

 あっという間に年越しの夜。

 わたしは大神殿の扉前で、庭園に溢れる光の洪水を眺めている。選んだ自分がいうのもなんだけど、すっごくいい出来の飾り付けだと思う。

 やっぱり色を絞ったのは良策だったようだ。置物が無くて寂しいかとも思ったけれど、光の花畑が目立っていてとても綺麗。アルトさんの案で、花畑の傍らには泉も光飾りで作られている。これは去年まで使っていた青の光飾りで作ったもの。

 飾り付け当日はグロムも来てくれて、人型になった彼はお手伝いをしてくれた。わたしとしては、狼の姿で来て貰って、もふもふしたかったんだけれど……。



「クレアさん、入りましょう。風邪を引いちゃいますよ」

「はぁい、冷えますねぇ」


 扉から顔を覗かせたレオナさんに促されるまま、大神殿の中へと戻る。振り返った空からは、はらはらと綿雪が降り始めていた。



 ここ大神殿では年越しの夜は、ご馳走を食べて賑やかに過ごすそうだ。

 食堂には神官方、神官見習いの少年少女、使用人の方々が集まっている。今日は立食パーティーのようにして食べるらしい。

 初めての経験だもの、わたしがわくわくしてしまうのも仕方ない事だろう。


「わ、このターキーめちゃめちゃ美味しい」

「クレアさん、これも美味しいですよ」

「待ってレオナさん、もうお皿に乗りません」

「もう一枚、お皿持ってきますね」

「食べてからで! 食べてからで大丈夫ですからぁ!」


 美味しい料理に舌鼓を打っていると、わたしのお皿にレオナさんがどんどん料理を乗せていく。いや、詰んでいく。

 物凄い量の料理がレオナさんの口に消えていくけれど、綺麗な食べ方だから見ていて気持ちがいいのも本当。


「クレアちゃん、食べてる?」

「ご馳走になってますー。すごい美味しいですね」

「それは良かった。食べ終わったらみんなで飲もうか」


 ヴェンデルさんが、わたしとレオナさんのテーブルに立ち寄っていく。今日は色んな人とお話をしているようで、一箇所には留まらないみたいだ。

 手を振ってヴェンデルさんを見送ると、入れ替わるようにライナーさんとアルトさんが、両手にお皿を持ってやってきた。

 両手にというか、ヴェンデルさんは腕にも器用に載せている。全部で……六枚?


「焼きたてのチキンを持ってきましたよ。オレンジソースだそうです」

「ライナーに任せると肉ばかりだからな。カルパッチョやカナッペ、ブルスケッタも持ってきた。飲み物はあるか?」


 それなりに大きいテーブルなのに、既に料理でいっぱいだ。それでもこの双子神官には足りないんだろうな。


「わたしが持ってきますよ。皆さんは何を飲みますか?」

「ありがとうございます。私はコーンスープを」


 んん? コーンスープは飲み物かな? いや、飲むものだけど飲み物扱いでいいんだろうか。


「僕は赤ワインをいいですか」

「俺も一緒に行こう。持てないだろう」

「ありがとうございます」


 ライナーさんは赤ワイン。レオナさんはコーンスープ。

 わたしとアルトさんは並んで飲み物を並べているテーブルへと向かった。


 みんな明るくて、楽しそうにお喋りをしている。賑やかだけれど騒がしいわけではない。そんな中を歩くだけで、わたしの心は浮き足立つようだ。


「楽しそうだな」

「楽しいですよ。アルトさんは楽しいですか?」

「ああ」


 心なしか、アルトさんの声も弾んでいるようだ。やっぱりこういう雰囲気が楽しいのは、みんな一緒なんだねぇ。


 スープ類が用意された一角で、スープボウルにコーンスープを注ぐ。やっぱり飲み物とは別の場所にあるから、飲み物扱いではないよね……?

 トレイにそれを乗せて飲み物の一角に行くと、既にアルトさんが赤ワインのボトルを持っていた。……ボトル?


「何回も取りに来るのは面倒だからな。どうせあいつライナーなら軽く空けるだろう」

「ここにいると聖職者って何だろうと思います」

「エールデ様はお許しになるさ。お前は何を飲む?」


 アルトさんは笑いながら、白ワインのボトルを手にしている。やっぱりボトル。


「わたしも白ワインを頂いていいですか?」

「ああ、もちろん。ではグラスも持っていこう」


 赤ワインと白ワイン、それからグラスを四つ。アルトさんは器用に持ってテーブルへと歩みを進める。時折振り返ってわたしを見るのは、心配だからだろう。さすがにトレイに載せたコーンスープをぶちまける程、不器用ではないんだけどな。



 席に戻ると、双子神官は椅子に座って食事をしている。もちろんわたしとアルトさんの分も用意されているのだけど……立食とは一体。

 隣のアルトさんも苦笑いをしているけれど、わたし達は大人しく用意された椅子に腰を下ろした。


「はい、コーンスープです」

「ありがとうございます。クレアさんはお酒を?」

「少し頂こうかと思って。レオナさんもどうですか?」

「んん……お酒でお腹が一杯になると、もったいないので。とりあえず食べてからにします」


 レオナさんの様子に肩を揺らしていると、わたしの前に白ワインで満たされたグラスが置かれた。アルトさんだ。


「ありがとうございます」

「飲みやすいとは思うが、きつかったらやめておけ」

「アルトさんが思うよりも、わたしはお酒が飲めますよ」


 子ども扱いされて肩を竦める。わたしはアルトさんよりだいぶ年上なんだけどな。それを分かっているはずだけど……心配性だから仕方がないのか。


 アルトさんとわたしが白ワイン、ライナーさんが赤ワイン。それぞれグラスを掲げると、レオナさんもスープボウルを両手で掲げた。


「乾杯!」


 グラスを持ち上げ、誰からとも無く声をかけると、わたしは白ワインを口に含んだ。中甘口といったところか、ほんのりと甘くてとても美味しい。フローラルな香りが鼻に抜けていくようで、甘すぎずにすっきりとしている。これは飲み過ぎてしまう可能性が高いな。


「このワイン、美味しいですね」

「他にもまだあるから、後で色々試そう」


 アルトさんとワインを楽しんでいるうちに、双子神官はあっという間にお皿を空にしてしまった。それを見ているだけで、正直お腹一杯になりそうだけど、オレンジソースのチキンを口に入れる。うん、美味しい。

 見ているだけでお腹一杯にするなんて、もったいないな。これは食べよう。わたしはそう決意するとしっかりとフォークを握り直した。

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