85.魔王様からの依頼
ヒルダの従官に呼ばれたわたし達は、執務室へと案内された。
執務室は白を基調としていて、机や椅子も猫脚が優美で女性らしい雰囲気に溢れている。飾られている大輪の花もヒルダに良く似合っていた。ふわりと香るマグノリアは、ヒルダのコロンだろうか。
「待たせたな、すまない」
「いいえ、先触れも出さないで押し掛けたのはこちらですから」
「貴方が来てくれるなら、どんな執務も後回しにするさ」
「ふふ、ありがとうございます」
勧められるままに、応接セットのソファーに座る。隣にはアルトさん、イーヴォ君は壁に控えている。
向かい合うソファーにはヒルダが腰を下ろし、ホワイトプリムが可愛らしいメイドさんがフルーツティーを入れてくれた。ガラスポットの中ではキウイやオレンジ、イチゴなど様々な果物が踊っている。
「アルト、無事に連れ戻せたようでよかったな」
「ああ」
「あの時とは全く違うな、落ち着いている」
ヒルダが笑うと、アルトさんは気まずそうに視線をカップへと逃がす。その様子に不思議そうに思っていると、優雅な仕草でヒルダがカップを口元に寄せた。
「酷い剣幕だったぞ。先代の魔法陣を復元させるから、教えろとな」
「危険だったんですよね? イーヴォ君に聞きました」
「ああ、命懸けだな。私はこの男に会うのはあの時が最後だと思っていたが、よく無事だったものだ」
本当に無事でよかった。
転移してきたのがアルトさんの肉片だなんて、恐ろしいにも程がある。
「わたしのせいで、ヒルダにも迷惑を掛けてしまいましたね。本当にごめんなさい」
「それは構わないんだが。次にこの男が嫌になれば、私のところに来るといい」
「別にアルトさんが嫌で逃げたわけじゃないんですよ。でも、ありがとうございます」
ふふ、と笑うも、隣のアルトさんの機嫌が悪い。社交辞令を真に受けるところがあるな。
わたしはカップを口元に寄せ、柑橘系の香りを楽しんでから紅茶を口にした。果物が組み合わさった程好い甘さが、とても美味しい。
「それで、頼みたい事とは?」
「ああ、そうだったな。クレアは優秀な魔導具師だと聞いている」
「いやいや、誰からですか。魔式を刻めるだけで、自分で式を作ったりは出来ないんですよ。頭が固いから」
「お前は優秀な魔導具師だが」
アルトさんが平然と言うものだから、わたしの眉間には盛大に皺が寄っていたと思う。それを見て笑うのはやめて欲しい。
というか、ヒルダにそんな事を話したのはこの男だな。
「式を刻むのも繊細な技術が必要だ。アルトは銀細工師だと聞いているし、貴方達二人に頼みたいのは魔導具の作成だ」
ヒルダは壁に控えるイーヴォ君に目配せをする。
それに応えたイーヴォ君は執務机の上から、羊皮紙を一枚取るとヒルダに手渡す。
「呪われたオアシスを浄化したいのだ」
「勇者に呪われた、あの……?」
「ああ、そうだ。そのままにしておけば澱んで、魔物が溢れる場所となるだろう」
ヒルダがテーブルの上に羊皮紙を広げたので、わたしとアルトさんはそれを覗き込んだ。
美しい、一角獣。
角部分が魔石となっていて、一角獣は細やかな装飾が施されている。
「……モーント様のお力を借りる魔導具なんですね」
「その通りだ。
「ちょっと失礼しますね」
わたしは羊皮紙を手にして、隣のアルトさんと共にその魔導具を確認する。
刻まれている魔式は……これまた複雑だけれど、アラネアを作った事を思えばいけるだろう。ただしこれは、特殊な鉱石が必要になる。
「アルトさんはいけそうですか?」
「問題ない」
この人の銀細工の腕前は確かなものだし、心配しなくてもいいだろう。心配しなくてはいけないのはわたしだけど……。
「この鉱石は普通のものじゃないですね」
「月華石だ。手配しているから、手に入ればすぐにそちらの神殿に送ろう」
「ではそれが到着次第、すぐに作りますね」
「すまないが、宜しく頼む」
羊皮紙をヒルダに返そうとするが、持っていっていいようだ。わたしは片手で空間を開くと、くるくると丸めたそれをぽいとしまった。
「……すっげ」
「相変わらず見事だな」
わたしの空間能力を見た二人は、揃って感心してくれる。ふふん、と思わず得意げになったのも仕方のない事だろう。凄いんだから、本当に。
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