84.いざ、魔王領へ

「それで、ヒルダからは何と?」

「お前が戻ってきているかの確認と、戻ってきているなら頼みたい事があるという話だ」

「あら、わたしがお役に立てそうな事があったんですねぇ」


 部屋に招きいれようとしたけれど、話を聞いたらすぐに転移をした方が良さそうだ。……魔王様への謁見ってもっと先触れとか出さなきゃだめかな?


「行ったらすぐに会って貰えるでしょうか」

「お前なら大丈夫だろう」

「いやいや、魔王様へのフリーパスがあるわけじゃないですからね?」


 この男はわたしを何だと思っているのか。わざとらしく睨んでやるも、くつくつと低く笑うばかり。確かにわたしが睨んだところで怖いかと問えば、きっと答えは否だろう。


「じゃあすぐに向かいましょうか。アルトさんもすぐに飛べますか?」

「ああ、大丈夫だ」


 わたしは部屋にさっと戻ると、姿見を確認する。

 少し乱れていた髪を手櫛で直して……うん、まぁ大丈夫でしょう。やっぱり腫れてしまった目元は、レオナさんが治してくれた。

 グレーのワンピースは膝丈で、黒いレースが袖と裾にあしらわれている。それに黒の長靴下を履いているんだけど……これじゃ暑いかな。というより、魔王様へ謁見するのに大丈夫かな。……まぁいいか。わたしは大判のストールだけ肩に羽織ると、待っていてくれたアルトさんの元へ駆け寄った。


「ではお願いします」

「ああ」


 わたし達は手を重ね、転移でその場から飛び立った。目指すは美しい魔王の治める、白亜の要塞城。



 転移した先の城門では、前回と同じ門兵さんが二人立っていた。二人はわたし達の顔を覚えていたようで、にこにこしながら中へと通してくれる。……いいのかな?


 何だか見覚えのある文官さんに行き合ったので、ヒルダへの面会を求めると別室に通され待機しているんだけど……どうしてわたしは、イーヴォ君に説教されているんだろう。


「テメー、聞いてんのか」

「聞いてますよぅ。イーヴォ君も相変わらず元気そうですねぇ」

「絶対聞いてなかっただろ、ざっけんな」

「うぅん、この悪態もじゃれついていると思えば可愛らしいものですねぇ」


 用意されたお茶は、またフルーツティーだった。今日はオレンジがガラスポットの中に沈んでいる。うん、これもまた美味しい。


「何言っても響きやしねぇ。おい、お前もよくこいつを連れ戻せたな」

「俺の話は聞く」

「マウント取ってんじゃねぇよ、テメーも!」


 矛先を向けられたアルトさんが、特に気にした素振りもなくお茶を飲むものだから、わたしは堪えきれずに肩を震わせた。


「ごめんなさい。イーヴォ君の話はちゃんと聞いていますよ。もうこんな風に、勝手にいなくなったりしません。心配してくれたんですよね?」

「別に、心配したわけじゃねぇんだけど」

「イーヴォ君は優しい子ですねぇ」

「子ども扱いすんなっての」


 怒鳴り散らして疲れたのか、イーヴォ君はその背中をどっかりとソファーの背凭れに預けている。前回はオールバックにしていた黒髪が今日は下ろされていて、何だか本当に幼く見えるのだ。よく見れば、緑の虹彩が印象的な綺麗な瞳をしている。


「そういえばそこの護衛、よく無事に辿り着いたな。お前んとこに」

「アルトさん? 何か危険な事でもしたんですか?」


 アルトさんを顎で示すのは、お行儀が宜しくないな。でもそんな事よりも、イーヴォ君がそんな風にいうだけの、危険な事があったんだろうか。


「先代が使っていた転移陣を復元させたのは聞いているか?」

「ええ、それは聞きました」

「あれはとんでもなく魔力を喰う。それだけじゃない、その転移陣が正しく発動するかだなんて、使ってみないと分からねぇんだ。転移に失敗したら、その体は次元の狭間でばらばらに引き裂かれていただろうぜ」


 え、なにそれこわい。

 じゃあ転移の揺らぎを感じて外に出たら、もしかしたら細切れになったアルトさんの残骸を見ていたかもしれなかったって事?

 思わず隣に座るアルトさんに目を向けると、彼は何でもないとばかりに口元に笑みを乗せていた。


「アルトさん、何でそんな無茶するんですかぁ。エールデ様にお願いしてくれたら、そんな危険も無かったのに」


 実際、わたしは迎えに来るならエールデ様だと思っていたのだ。


「言っただろう、俺が迎えに行きたかったと」


 アルトさんはその美しい東雲の瞳に、優しい光を湛えながら小さく笑う。何だか気恥ずかしくなってしまって、手にしたままのカップを口元に寄せる。


「アルトさんは友情に篤い男ですもんね」

「まじかよ」


 わたしが頷くと、テーブル向かいのイーヴォ君が呟いた。何だとばかりにそちらを見ると、大袈裟に溜息をついている。

 なにこの空気感。分かるように説明して欲しいんだけど。

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