66.西方の遺跡

 部屋に入ると自分の格好を見下ろす。

 山歩きをするわけでもないし、まぁこのワンピース姿で問題ないだろう。足元は編み上げブーツで、長距離を歩けるようにする。

 万が一落としても困るので、リナリアの髪飾りは置いていくことにした。髪を高い位置で一つに結うと、先日お出掛けした時に買った大きなリボンを結んだ。

 遺跡の中って寒いんだろうか。……陽も入らないしきっと寒いよねぇ。ワンピースのポケットに火の魔石を仕込んだ懐炉を突っ込んで、動きやすいように短い丈の軽いコートを羽織る。色彩を変える必要はないだろうけど、まぁ一応魔導具は身につけていこう。



 身支度を終えると部屋を出て、廊下で待つことにした。それにしても魔物討伐に行くというのに手持ち無沙汰だ。わたしも杖とか持ったほうがいいのかな? ……攻撃魔法は使えないから、殴ることしか出来ないけれど。山歩きする時には、体を支えるのにいいかもしれない。

 それともいっそ剣とか槍。……運動神経がよくはないと自覚しているから、使い物になるまでにどれだけ時間がかかることか。


「考え事か?」


 廊下の壁に凭れ、足元をぼんやり眺めていたからアルトさんが来ていた事に気付かなかった。


「ええ、まぁ。……わたしも杖とか剣とか、持つべきかなって」

「使えるのか?」

「いえ、まったく」

「じゃあやめておけ。慣れないものを持つと振り回される。それにお前は前線に出る必要はないからな」


 アルトさんはいつものケープ状のマント姿。コートは着ないようだ。腰にはしっかりと剣が携えられている。魔物討伐だけれど、特段変わった装備は無い。

 わたしの手を取り悪戯に笑うアルトさんに、思いがけず鼓動が跳ねた。


「お前は俺の後ろにいればいい。必ず守る」

「……そういうことを言うから、ヴェンデルさんにも揶揄われるんですよぅ」

「そうか」


 低く笑うアルトさんは反省した様子もない。わたしはわざとらしく肩を竦めると目を閉じた。


「アルトさん、例の遺跡の入口を思い浮かべてください」

「ああ」


 瞼を閉ざしていても、映像が浮かんでくる。

 深い森の奥にぽっかりと開いた洞窟。うん、これだ。わたしは意識を集中させて、その場所へと転移をした。




 転移した先、わたし達の目の前にいたのは巨大なウサギ型の魔物だった。赤く濁った目にわたし達を捉えると、額の大きな角で攻撃を仕掛けてくる。

 アルトさんはわたしと繋いでいた手を強く引いた。突然の魔物との遭遇に動けないでいたわたしは、引かれるままに彼の後ろに隠されてしまう。

 アルトさんが腰の剣に手を掛けて、一閃。断末魔の悲鳴をあげて魔物が崩れ落ちると、その体はじゅくじゅくと不気味な音を立てて黒い汚泥へと変化していった。


「……びっくりしました」

「大丈夫か?」

「はい、ありがとうございます」


 アルトさんは剣を振ってから納刀すると、入口付近をじっと見つめた。わたしも真似して入口付近の雪を眺めていると……何だか違和感がある。


「足跡、ですか?」

「気付いたか。魔物以外にも人の足跡が微かに見える。中に誰かいるかもしれない」

「魔物討伐の冒険者とか?」

「かもしれんな。何が起きるかわからん、気をつけろよ」

「アルトさんも」


 アルトさんは小さく頷くと手の平を顔の前に掲げる。光が集うと、見る間にそれは拳大の光球となってふよふよと浮かび始めた。

 明るく照らしてくれるその光球を頼りに、わたし達は遺跡の中へと進んでいった。



 洞窟から遺跡の入り口までは一本道だった。

 山を掘った洞窟をしばらく進んだ先が拓けていて、そこには大きな石造りの扉がある。魔導具を封印する為だけに作られたものにしては、なんだか壮大すぎるような気がする。


「ここは元々、穢れが澱みやすい地なんだ。それを封じる為にエールデ様の祭壇を作り、それが遺跡となったと伝えられている」

「だからこんなに立派なんですねぇ」


 遺跡の扉は既に開かれている。ここから魔物達が飛び出しているんだろう。

 中を覗き込むと、探ってもいないのに無数の悪意ある気配が感じ取れた。



 危険など何も無かった。

 魔物は色んな形をしていたけれど、その牙や爪が届く前にアルトさんに屠られていたからだ。囲まれても彼の顔に焦りが見えることは無い。もちろん魔物はわたしにもその目を向けるけれど、距離を詰めるよりも先にアルトさんの剣の前に倒れていた。


「いやぁ……アルトさんが強いのは分かっていたつもりでしたけど」

「この程度は大した事じゃない」

「いやいや、大した事ですからね? 大体、魔物の討伐って一人でやるものじゃないでしょうに」

スタンピード集団暴走ともなれば、流石に一人では行かないぞ」

「そんなのが起きたら、国家レベルで討伐隊を組みますよぅ!」


 軽口を交わす余裕まである。

 この人が超人なのは分かっていたけども、まざまざとそれを見せ付けられると何ともいえない。エンシェントエルフというのはここまで凄まじいのか。……天使と悪魔のハーフなんていう希少種だけれど、わたしはここまで超人にはなれないな。


「疲れたか?」

「わたしはただ歩いているだけですからね、疲れないですよ。結界の必要性さえ疑問に思っているくらいですよ」


 アルトさんに言われて、わたしは自分の周りに結界を張っている。しかしここまで危険がないのなら、結界も必要ないんじゃない?


「結界は張っていてくれ。何が起きるか分からないからな」

「はぁい」

「いい子だ」


 いやいや、わたし、あなたより年上だからね?

 じとりと睨んでやると、わたしの心を読んだアルトさんはくつくつと笑う。その背中に飛び蹴りしてやろうか。避けられるどころか捕まえられる未来しか見えないから、やらないけれど。


 そんな緊迫感の全くない状態で、わたし達は遺跡の最奥へと辿り着いたのだった。

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