57.今日も今日とて人助けー砂漠の魔族①ー

 さて、今日も今日とて人助け!

 今回こそ寒くないといいんだけど……季節柄、それも仕方がないのかとは思う。でもせめて! 吹雪ではありませんように!


 わたしはしっかりと冬の身支度を済ませると、既に身支度を終わらせて待ってくれていたアルトさんに手を差し出した。わたしも彼も手袋をしているから、いつも伝わる筈の少し高めの体温が感じられない。


「じゃあ今日も、宜しくお願いしますね!」

「ああ」


 わたしは耳を済ませて、『生』を願う声を聴く。意識を集中させると、わたし達は慣れた浮遊感に包まれていた。




「……暑いですねぇ」

「砂漠か。魔王領の一端かもしれんな」


 飛んだ先はかんかんと太陽が照りつける、灼熱の大地だった。


 こんな暑い中でコートなんて着ていられない! わたしはコートも帽子も手袋も脱ぐと、空間を開いてそこに放り込んだ。アルトさんもコートを脱いでいるので手袋と一緒にそれを受け取りしまっておく。

 本当ならもっと軽い衣服や靴に着替えたいけれど、そんな暇もないので腕まくりをするだけで我慢。髪をねじり上げて纏めると、リナリアの髪飾りをそこに挿した。


「さて、向こうから来られそうか? それとも行くか?」

「行きましょう。動けないみたいですし」


 同じように腕まくりをしたアルトさんが、わたしの手を取って歩き出す。ごついブーツなんて履いてきたばかりに、砂の上を歩きにくいのだ。それさえ読み取られていて驚くけれど、その手が歩きやすいので大人しく借りることにした。



 オアシスが枯れかけている。かつてふんだんに水を湛えていたであろう泉は、その底に少しの水を残すだけ。住人は既にこのオアシスを離れたようで、規則的に並ぶ石造りの建物には何の気配も無い。

 そのオアシスの端。建物で出来た日陰に、壁に背を預けて一人の青年が座っている。


「……あらあら、随分と酷い怪我。誰にやられました?」


 わたしが傍らに膝をつくと、その青年は嫌悪感も隠そうとせずに眉をしかめた。意識はあるが動けないようだ。それもそうだろう。その右足は千切れているし、腹部には大きな穴が開いている。肩には矢が数本刺さったままだし、顔は火傷で爛れていた。

 命の灯火が揺らぐ、青年。その額には魔族の証である小さな角が二つあった。


「『生きたい』のでしょう? あなたがそう願ったから、わたし達は来たのです」


 わたしは片手で空間を開くと、先日作ったばかりの回復薬を取り出した。蓋を開けて口元に寄せるも、ふいと顔を背けられてしまう。

 治癒魔法だけじゃ治せないし、全回復が出来るかわからないけど傷口にぶっかけようか。そんな事を考えていたら、隣のアルトさんも膝を付いて、わたしから回復薬を取っていった。


「任せろ」


 何をするかは分からないが、アルトさんがそういうなら大丈夫だろう。わたしは小さく頷くと、お腹の大穴から流れる血を止めるべく治癒魔法を掛けていった。


「ん、ぐ……っ!」


 くぐもった呻きに何事かと顔を上げると、アルトさんは青年の口を無理矢理に開かせて、瓶を口の中に突っ込んでいる。そのまま鼻を摘んでいるから、あれは飲むしかないだろう。

 思ったより手荒かった! 任せて本当に良かったのかとも思うけれど、あれだけしなければ口にしてはくれなかっただろう。……そう思うことにする。


 さすが魔族。魔力量が高い事もあって、回復薬はすぐに効き目を発揮してくれた。わたしが腹部の穴を塞いでいる間に、千切れた足は復元されているし、魔力を注いでいた腹部もどんどん塞がっていく。

 顔を見ると爛れていた火傷も治っていくところだった。


「相変わらず凄い効き目だな」

「魔力量の差ですねぇ。自己回復のスピードもとんでもないですよ」


 アルトさんが感心してくれているけれど、これは彼が魔族だからの回復力だからね? 普通の人間だともう少し時間がかかる。……まぁ普通の人間でも足の復元くらい出来るから、効き目が凄いのも否定はしないけれど。


「この矢は切らないと抜けないな。少し痛むが我慢してくれ」


 アルトさんが青年に話しかけている。青年は返事をしないけれど、拒否する事も無い。わたしは空間を開いて小ぶりのナイフを取り出すと、それを受け取った彼は火魔法で炙ってから躊躇わずに肩に突き刺した。


「ぐぅっ……!」


 矢はすぐに抜かないと、肉に埋もれてしまう。回復力の高い魔族なら尚更だ。アルトさんは傷口を開くと、一気に矢を引き抜いていった。異物が除去された傷口は見る間に塞がっていく。

 一気にやった方が負担が少ないとはいえ、一切の躊躇を見せないアルトさんは肝が据わっていると思う。器用だしお医者さんとかも向いていたんじゃないかな。


「……お前達が勝手にやったことだ。礼なんて言わねぇぞ」

「お礼が欲しくてやったわけじゃないですよぉ」


 そう言いながらもわたしは、胸元を覗き込んで水晶を確認する。『生きたい』という願いが叶えられ、彼の魔力量もあってか水晶は強い輝きを放っていた。

 いつもなら食事くらいご馳走するんだけど、彼はすっかり回復している。その必要は無いだろう。


「俺は人間が嫌いなんだ」

「魔王領にも人間はいるでしょう?」

「魔王様が認めた人間だけだ。お前達はここに住む事を許された人間じゃねぇ」


 区別できる何かがあるらしい。

 魔族の青年は立ち上がると、忌々しげに自分に刺さっていた矢を睨んだ。わたしもその視線を追いかけてしまうけど……んん?

 やじりにあしらわれた装飾は、リュナ様の月の紋章。この紋章を使える者は多くない。


「……まさか、天使にやられましたか」


 わたしは落ちていた矢を拾う。……間違いない。この鏃も矢羽に使われている羽根も。


 魔族の青年は怪訝そうにわたしを見つめている。その視線に潜むのは困惑と警戒。アルトさんがすっとわたしと青年の間に入り込んだ。

 心配してくれているのだろうし、護衛としてはその行動にもなるのだろう。わたしはアルトさんの陰からひょっこりと顔だけ出して、青年に笑いかけた。


「お願いがあるんですけど、魔王様に会わせて貰えませんか?」

「はぁ?!」


 青年の声が響く。わたしを見下ろすアルトさんも何だか呆れているようだ。

 それでもわたしは、魔王に会いたいのだ。

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