58.今日も今日とて人助けー砂漠の魔族②ー

「魔王様に何用だ」

「えーと、あなたは勇者一行にやられたんですよね?」

「……」


 無言は肯定と取ろう。わたしは手にしていた矢をぐっと握り締める。


「その一行の中に、わたしに似た天使はいませんでしたか?」

「ああ?!」

「あ、そうでした」


 わたしは色彩を変える魔導具に込めていた魔力を遮断させる。途端にわたしの髪色は薄紫に、瞳は濃紫に変わったはずだ。かけていた分厚い丸眼鏡も取って頭に乗せると、青年は驚きに目を瞠っている。


「……似てる」

「やっぱり。あなたを弓で撃ったのは、マティエルですね」

「お前一体何者だ……?」

「ただのしがない屋台引きですよ。まぁここでは屋台も出してませんが」


 気遣わしげな視線を向けてくるアルトさんに、大丈夫だと頷いてみせる。本人と対峙したわけではない。ただ、見たくもない矢を見てしまっただけで。


「天使がいた事と、魔王様に会うのと何の関係がある」

「この戦争について、魔王様に直接お聞きしたいだけです」

「たかが人間風情が!」

「うるさいなぁ、人間じゃないですー。天使と悪魔のハーフですー」

「はぁ?!」


 元気になると随分忙しない青年だと思う。眉はずっとしかめられたままだし、いまにも飛び掛ってきそうな程に怒っている。


「とりあえず話だけでも通してみてくださいよぅ。魔王様がだめだって言ったら諦めますから」

「……魔王城にすぐには帰れない。この町の転移の陣は全て壊れている。俺の率いていた隊も全滅して、帰還用の陣はその時に全て破棄したからな。歩いていくしかないが、ここからだと数日はかかる」

「それなら大丈夫。連れて行ってあげますから!」

「人間風情がどうやって……」

「だーかーらー、天使と悪魔のハーフだって言ってるでしょ。アルトさん、その矢を全部回収してください。あと、この人がいた痕跡も消したいんですが」

「分かった」


 アルトさんはわたしの言葉に従って、矢を回収すると青年が座っていた辺りに火を放つ。血痕や肉片が全て燃え尽きると、今度は地魔法。砂を被せて消化してしまう。周りの砂と混ぜて平らに均すと、そこに誰かが倒れていただなんて分からない程だ。


「お見事ですねぇ。では行きましょうか」


 わたしはアルトさんと青年の手を取る。青年はその手を振りほどこうとしているけれど、アルトさんの一睨みで静かになった。わたしまで正直びびったほどの眼光だった。


「魔王城を思い浮かべてください。わたしがそこまで連れて行ってあげます」

「……」


 返事は無いが、思い浮かべてはいるようだ。目を閉じたわたしにも、白亜の美しい城が見えている。これが魔王城だろう。

 あとは意識を集中させるだけだった。



「はい、到着ぅ」

「な、な……っ……」


 飛んだ先は城門のようだった。見張りらしい魔族の兵士二人が、突然現れたわたし達にうろたえている。


「不審者か!」

「いや、待て……イーヴォ隊長ではないか!」

「イーヴォ隊長! よくぞご無事で! 後ろの方は……」


 今にも槍を向けてきそうな剣幕で、わたしの前にアルトさんが立ち塞がるほど。しかし魔族の青年に気付くと、門兵の二人は今度はさめざめと涙を流し始めてしまった。

 感情の起伏が激しい。


「俺を助けてくれた恩人だ。通してくれるか」

「はっ!」


 恩人ですって。そうか、イーヴォ君はわたし達に恩義を感じてはいたのか。まぁ魔族は義侠心に厚いとも聞くし。わたしはアルトさんと目を合わせて、思わず二人で笑ってしまった。


「何笑ってんだ、テメーら」

「いいえ、何でもないですよぅ」


 未だ涙を拭っている兵士さんに見送られ、わたし達は城の中へと入っていく。美しい白亜の城だけれど、砦のような物々しさもある。大小様々な塔を備えた巨大な城だった。




 イーヴォ君に連れられたのは、城の一室。そこに辿り着くまでに何度も彼の帰還を祝う魔族の方々に囲まれて、その中心にいた彼は疲れているように見える。

 部屋の中にはわたしとアルトさん、中座していたイーヴォ君も着替えてから戻ってきている。それからお茶の準備をしてくれている、メイドさんが一人。


「いま魔王様に謁見されるかお伺いを立てている。会えなかったら大人しく帰れ」

「分かりました。いやー、それにしてもイーヴォ君は皆に愛されているんですねぇ」

「誰がイーヴォ君だ」

「えっ、名前違いました?」

「呼ぶならイーヴォでいいだろうが、君なんて付けるな。気持ち悪ぃ」

「イーヴォ君は照れているようですねぇ」


 この悪態も慣れてしまえば楽しいものだ。隣に座るアルトさんも悪い気はしていないようで、口端に笑みを乗せている。

 メイドさんが用意してくれた紅茶を有難く頂く。もう本当に暑かったから、冷たい紅茶が美味しい。……はて、砂漠にあるのにこのお城の中は過ごしやすいな。これも魔王の力なんだろうか。


 そんな事を考えていたら、部屋の扉をノックする音が響いた。応えたイーヴォ君が扉に向かい、現れた文官らしき人となにやら話をしている。

 振り返ったイーヴォ君は相変わらずのしかめっ面だった。


「魔王様がお会いになるそうだ」

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