49.今日も今日とて人助けー雪山の猟師②ー

「うぅ……」


 わたしとアルトさんがローテーブルにてコーヒーを楽しんでいると、身じろぎをして猟師が声を上げた。


「大丈夫ですかー?」

「う……ここ、は……」

「洞窟の中ですよぅ。吹雪の中で行き倒れていたので、運びました」


 そこの気のいいおにーさんが。


「俺は……死んじまうと思ったんだが」

「あのままだと死んでいたでしょうねぇ」

「そうか、あんた達のおかげだな……。あんたらは、どうしてこんな山に?」

「何ででしょうねぇ。ちょっとした気まぐれですよ」


 適当な返しにアルトさんが肩を竦める。もういい加減慣れてもいいでしょうに。

 わたしは立ち上がって、温めておいたミルクに蜂蜜を垂らす。よく混ぜてから猟師に渡すと、起き上がっていた彼は両手でカップを受け取った。


「温かいな……」

「いま、スープも用意しますから待っていてくださいね」


 柔らかくなったスープの味を塩胡椒で調える。ベーコンからいい味が出ているから、味付けはそれで充分。

 アルトさんもわたしの隣に来ていたので、盛り付けた皿を渡すと、カトラリーと一緒にローテーブルに運んでくれた。その後ろを、パンを盛った籠を手に追いかける。


「さぁ召し上がれ」

「ありがとう。……いいのか、こんなに良くしてもらって」

「いいんですよぅ。冷めないうちにどうぞ」

「あ、ああ。すまない」


 猟師はスプーンを手にすると、口にしたスープを味わうように咀嚼する。破顔したかと思えば一気にスープを掻き込み始めた。その勢いに唖然とするも、美味しいと思ってくれたことかと、わたしとしても嬉しくなる。

 チラとアルトさんを伺うと、彼も口端を綻ばせながらコーヒーを楽しんでいた。



「ふぅ、ごちそうさん!」


 結局、猟師はスープが大層お気に召したようで、鍋を空っぽにしてくれた。他に何か作ろうかと申し出ても、このスープがいいと譲らなかったのである。嬉しいけれど、本当にシンプルなスープなのでそこまで喜ばれても微妙なところ。

 アレかな、ベーコンから余程いい味がでていたのかな。神殿の料理人さん謹製のベーコンだから美味しいのは間違いない。


「いやぁ、お嬢ちゃんは料理が上手いな! いい嫁さんになるぞ!」

「ふふ、ありがとうございます」

「兄ちゃん、良かったな。綺麗で料理上手な嫁は得難いぞ」

「いや、俺たちは……」

「あ? もう夫婦だったか? それは悪かったな」

「いや……」


 おお、アルトさんが押されている。押しの強い神殿の一員にしては珍しい光景に、漏れそうになった笑いを噛み殺す。

 わたしは食器や器具を片付けると、温かな紅茶を猟師の前に出した。ジンジャーが入っているから、更に体を温めてくれるでしょう。


「ありがとな。……それにしても、何でこんなところにいるんだ? 昨日までこんな台所も無かったが……」

「ふふ、秘密ですよ」

「お嬢ちゃんはまさか精霊様か?」

「どうでしょうねぇ」


 軽く流してわたしは笑う。適当に流しておかないと、わたしの事を追求されても困るからね。


「見たところ猟師のようだが、どうしてこんな日に山に入ったんだ?」


 壁にもたれて立っているアルトさんが、猟師に向かって問うた。

 それもそうだ。猟師ならば山の天気も読めるはず。


「入った時には快晴だったんだよ。俺は天気読みが得意でね、外れることなんてなかった。荒れる気配さえなかったんだ」

「それなのに急変したと。あんたは一人で山に入ったのか?」

「いや、猟師仲間と二人でだ。そう遠くないところにいたはずなんだが。……そうだ、あいつの撃った銃声が聞こえて、それから一気に天気が荒れた。あいつ、もしかしたら山の守神様を怒らしちまったのかもしれねぇな……」


 山の守神様。

 守神様も気になるけれど、もう一人の猟師仲間も気になる。銃を撃ったという事は山に居たのだろうけれど、すぐに天気がここまで急変したなら下山する事も出来ていないだろう。

 窺うような視線を向けてくるアルトさんに、首を横に振って見せる。『生を願う』声は聞こえない。



「ありがとうな、お嬢ちゃんたち。あんたたちは本当に精霊様か、そうでなければ神様からの御使いなんだろう。あんた達がいなけりゃ、俺は春になるまで雪の下で凍り付いていただろうな」


 それは否定しない。あのままだと間違いなく凍死。救助が間に合っても、手足は諦めなければならなかっただろう。


「それはあなたが、生きたいと願ったからですよぅ」

「そうだな、生きなきゃなんねぇんだ。……諦めていたんだが、この年になって子どもが生まれてな。かみさんに精のつくもんを食べさせてやりてぇと山に入ったはいいが、まさかこんな目に遭うとは。かみさんにも赤ん坊にも、二度と会えなくなるところだった」


 胸の水晶に『生命の願い』が溜まっていくのが分かる。その輝きはひどく強い。強く『生』を願っているからだろう。


「『お父さん』だから無茶するのも分かりますけどね、あなたがいなくなったら奥さんもお子さんも困りますよ」

「そうだな。本当にありがとうよ」


 助けられて本当に良かった。

 この人にも帰る場所がある。待っている人がいるのだから。嬉しくなって笑みを零すと、視界の端でアルトさんが笑うのが見えた。

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