27.呪術道具

 町に戻ったわたし達は、市場にも寄らずに真直ぐ大神殿へ転移をした。山歩きでわたしの体力はだいぶ削られていたのだけど、アルトさんは涼しい顔をしている。体力お化けか。

 わたしは余程疲れた顔をしていたらしく、出迎えてくれたレオナさんが悲鳴をあげるほどだ。その悲鳴がどういう意味なのか、小一時間問い詰めたいが、それが出来ない程にわたしは疲れていた。


「魔導具は調べておくから、お前はもう休め」

「いやいや、アルトさんだって疲れているでしょう。眠ってないんですし」

「それはお前も一緒だろう。眠って食事を取ったら、また話をしよう」

「アルトさんも休みます?」

「ああ、心配いらない」


 そう言うなら甘えてしまおう。正直なところ、もう眠気が限界まで来ていて起きていられそうになかったのだ。

 アルトさんの事もレオナさんが部屋に押し込んでくれると言うから、もう任せる事にした。わたしは素直に自室に下がって、眼鏡だけ放り投げると着替える事もせず、ふかふかベッドに飛び込んだのである……。



 目が覚めると、お昼はとっくにすぎていた。

 まだ眠れそうな気がするけれど、これ以上眠ると夜に寝れなくなってしまう。お肌にも悪い。

 流していた魔力が途切れたようで、わたしの髪色は薄紫に戻っている。纏めていた髪を解いて、皺になったワンピースから着替えて身支度を整える。髪はもう下ろしたままでいいや。化粧だけ軽く済ませて部屋を出ようと扉を開けると、ノックの形に拳を握ったレオナさんがいた。


「びっくりしましたー。そろそろ目を覚まされるかと思って、様子を伺いに来たんです」

「ありがとうございます。お腹が空いて目が覚めちゃいました」

「そう思って、食事を用意してありますよ」

「嬉しい! 本当は朝市で食べ歩きなんて考えていたんですけどねぇ、勇者のせいでそれもお預けですよぅ」

「本当にクズですね、あいつらは」


 勇者の後を尾行したのはわたしが勝手にしたことなので、勇者に責があるわけではないのだけど。それでも腹立たしいので八つ当たりの的にしておく。これくらいは許されるだろう。



 レオナさんと共に向かった食堂には、人が少ない。既に食事の時間も過ぎているからなのだろう。

 隅のテーブルでは何やら古い書物の頁をめくるライナーさんと、その前で食事を摂るアルトさんの姿があった。そのテーブルにつくようレオナさんはわたしに言うと、わたしの分の食事を取りに行ってくれる。


「おはようございます、っていうのも変な感じですけど。アルトさん、休みました?」

「ああ、問題ない」


 休んだから問題ないのか、休まずとも問題ないのか。どちらにせよ、アルトさんの顔に疲労の色がないので追求するのはやめた。


「おはようございます、クレアさん。母に会ったそうですね」

「お会いしました! 凄く親身になってくれるところも、涙脆いところもライナーさん達にそっくりでしたよ」


 くすくすと笑いながら答えると、「お恥ずかしい……」とライナーさんが頬をかく。こう見ると顔立ちも母君によく似ていると思う。


「お母様も神官様なんですねぇ」

「元々はこの神殿にいたんですけどね。私達が成人をしたのを機に、父と共に西に下ったんです」

「お父様も神官様で?」

「はい、あの神殿で長をしています」


 今回、父君にはお会いできなかったけれど、きっとまた機会はあるだろう。そんな事を考えていると、レオナさんが食事の載ったトレイを持ってきてくれた。

 白パンにクリームクロケット、野菜サラダ、かぼちゃのポタージュだ。美味しそうな香りに食欲がそそられ、お腹がぐぅと鳴る。気恥ずかしさを誤魔化すように、わたしは早速スプーンを手にしてポタージュを口に運んだ。美味しいー!


「勇者達が向かった遺跡の魔導具なんですが、この本に詳細が記されていました。呪術道具で『えにしを強めるもの』みたいですね」

えにしを強める……なんだかもう、嫌な予感しかしないんですけど」


 開いた頁に描かれた魔導具の絵を、ライナーさんが指で示す。その説明にげんなりしながら、わたしはパンを千切って口にいれる。げんなりするのと、食欲はまた別の話。


「元は、才能のあった魔導師の少女が、想い人との恋を成就させる為に作った魔導具だそうです。しかしその恋は叶わず、悲恋に散った少女の想いが魔導具に呪いとなって宿ったと……」

「うわぁ、重い」

「実際、恋を成就させる魔導具なんてあるんですか?」


 わたしの隣で紅茶を楽しんでいるレオナさんが問う。うーん、恋の成就ねぇ……。


「どうなんですかねぇ。魅了効果を付与したり、その少女が作ったように『縁を強める』とか切欠になるような物はあるんでしょうけど」


 残念、と呟くレオナさんには成就させたい恋でもあるのだろうか。

 わたしの心を読んだようにレオナさんは悪戯に笑ってみせる。


「あったら恋愛小説みたいで、面白いじゃないですか」


 面白いかな?

 わたしは聞き流して、クリームクロケットにナイフを入れる。サクっとした感触がナイフ越しでも伝わってきて、もうこれ絶対美味しいやつー!


「呪いの力が強すぎて誰も触れられなかったそうです。触れると狂ってしまうとか」

「なにそれこわい」

「なのでエールデ様がお力を貸して、あの遺跡に封じたそうです。数百年程眠らせて触れられる程に呪いが弱まれば、浄化出来る様になるだろうと」

「まだ数百年は経ってないんですよね?」

「残念ながら。まだ呪いの力は濃いようですね」


 わたしとライナーさんの話を黙って聞いていたアルトさんは既に食事を終わらせて、コーヒーを楽しんでいる。音もなくカップをソーサーに戻すと、ゆっくりと口を開いた。


「どうやって勇者がその魔導具を持ち出したかは分からんが、それは一先ずどうでもいい。問題はえにしを強める魔導具を、奴が求める理由だ」

「……もしかしなくても、わたし……ですかねぇ」


 溜息交じりのわたしの言葉に、双子神官が大きく頷く。双子っぷりを発揮すんな。


「以前、縁が繋がったと言っていたな。名前や髪が渡ると術式を組み立てられると。今回の魔導具を勇者が使えば、そういったものが無くとも呪いを掛ける事が出来ると思うか?」


 そうだ、以前に視線を交わした事でわたしと勇者の縁は繋がってしまっている。

 わたしはあの人物が勇者と認識し、勇者の方もわたしの素性が分からなくとも紫髪の女がいるという事を覚えている。

 えにしが強まれば呪いの術式を組み立てることはおろか、もっと直接的に干渉する事もできるかもしれない。


 だけどここでそれを口にすると、この優しい人達にいらぬ心配をさせる事になってしまう。


「その顔で分かった。非常にまずい状況だな」

「せめて心を読んでください」


 この超人に隠し通せるわけもなかったよ!

 こうなったら否定しても仕方ない。わたしは肩を竦めて食事に集中する事にした。


「でも縁が強まるだなんて、抽象的過ぎてどう対応していいか分からないですね」


 レオナさんの言うとおりだ。

 干渉してくるだろうけど、実際何をしてくるかは正直なところ分からない。意識介入だとは思うんだけど。


「わたしが急に変な事をしたら指摘してくださいね。理由もないのに外に行きたがるとか、誰に止められても言う事を聞かないとか」

「『勘』だけで使命を果たしにいくお前は、充分に変な事をしているんだが」

「失礼な」


 最後のパンを食べ終えたわたしは、失礼な事をのたまうアルトさんを思い切り睨む。しかし彼は低く笑って気にした様子もない。いつか痛い目見せてやろうか。


「意識介入できるだけ縁が強まれば、わたしの意思とは関係無しに勇者の元に導かれるかもしれません。なので、止めて欲しいんです」

「そういうことならわかった。……何か気付いたら、いつでも言うようにな。変な遠慮は無用だ」


 真剣に言葉を紡がれると、こちらとしても真摯に対応せざるを得ない。わたしは大きく頷いて、そんな事が起きないように願うばかりだった。


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