22.今日も今日とて人助けー娘の願い②ー

 ベッドに横たわった女性は、子どもと同じような薄汚れた服を身に着けている。肌は荒れていて、髪に艶もなくぼさぼさだ。子どもも痩せているけれど、この女性はそれ以上に痩せてしまっている。

 吐息は浅く乱れていて、その命の灯火が揺らいでいるのが分かる。


「母ちゃん……」


 子どもがぽろぽろと涙を零す。

 幼い身ながら、母親が亡くなってしまう事は分かったのだろう。わたしは空間収納から回復薬を取り出すと、その女性が横になるベッドに駆け寄った。


 病の臭いがする。なんとも表現しがたいが、人の体を蝕む病魔の臭い。わたしは眉を顰めると彼女の背に片腕を添えて少し身を起こさせ、ガラス瓶に満たされた回復薬を口に含ませる。含ませたそれはすぐに口中に溶けていく。飲めればいいけれど、飲めない時は口に含ませるだけで体に浸透していくのだ。飲むより回復速度は落ちるけれど、これを口にすればもう死んでしまう事は無い。

 回復薬の全てが彼女の体に消えると、荒く浅かった呼吸が落ち着いてきた。命を繋いだこの薬は、彼女の体の巣食う病魔も消してしまうだろう。

 わたしに他に出来る事は、魔力を流して回復を促すこと。


 両手を彼女の腹部に翳す。

 ぼんやりと緑の光が集ってくる。集ったそれは吸い込まれるように、きらきらと女性の腹部に消えていく。次第にその光は女性の体全体に広がっていって、包み込んでいるようだった。


「きれい」


 近くで聞こえた声に振り返る。

 見ればアルトさんが子どもを抱っこして、わたしのすぐ後ろに来ていた。子どもはとうに泣き止んで、アルトさんの首に両腕を回している。この短時間で随分と懐いたようだ。


「栄養失調が酷いですねぇ。それが原因で喰魔病ラオベレにかかったみたいです」

「らおべれ……?」

「最初に魔力を、次に生命力を食べちゃうこわーい病気ですよ」


 不思議そうに首を傾げる子どもに説明すると、子どもはぶるっと体を震わせた。慌ててアルトさんの首に抱きついているものだから、困ったようにアルトさんが眉を下げた。あまり脅かすなと言いたい様だが、脅かしたつもりはない。


 女性の体が魔力でしっかり包まれるのを確認する。

 額から足の爪先までゆっくり両手を翳して探るも、既に病魔は消えてなくなっているようだ。よかった。

 あとは包んでいるわたしの魔力がすべて吸収されるのを待つだけだ。



「さて、次はあなたですね」

「わ、わたし……?」


 おや、女の子でしたか。どっちかなぁなんて思っていたから、悪いことをしてしまった。

 少女と、彼女に抱き着かれているアルトさんを連れて隣の部屋に移動したわたしは、まずはこの家全体に結界を張る。この結界には防音の意味合いが強い。どうやら二人暮らしだから、こんな夜半に騒がしくしたら疑われるだろう。これは明かりも通さないので、窓から中を覗いても真っ暗闇が広がるだけ。

 次いで空間収納を大きく開くと中からキッチンを引っ張り出した。

 屋台の中にあるものを少し小さくしたものだけど、わたしの使いやすい高さに合わせた立派なものである。使い勝手も問題ない。


「おねえちゃんは、まほうつかいなの?」

「妖精さんですよー」

「ようせいさん!」

「うふふー」

「またそういう嘘を……」


 呆れたアルトさんの声は聞かない振り。子ども、しかも女の子はそういうものが大好きなんですよ。

 ローブを脱いで、エプロンを着ける。リボンのついた水色のエプロンドレスに、少女が「わぁ!」と高い声をあげた。


「あなたのお名前は?」

「わたし、ニーナ」

「ではニーナちゃん、妖精さんのお手伝いをしてくれますか」

「はい!」


 先程よりも表情が明るい。母の死が回避されたのだから、それも当然か。

 わたしは収納から小花柄の可愛いテーブルクロスを取り出した。


「これをテーブルにかけてください。その後は座って待っててくださいね」

「はーい!」


 アルトさんの腕の中から飛び降りたニーナちゃんが、わたしからクロスを受け取る。かわいい……とその花をなぞっているけれど、君のほうが可愛いとお姉さんは思うんだな。

 丁寧な仕草でクロスをかける様子に思わず笑みが零れる。


「手伝うぞ」

「ありがとうございます。気遣いの鬼だと思っていましたが、面倒見もいいんですねぇ」

「鬼……?」


 あれ、鬼を知らないですかね。東国の異形なんですけど、もちろん異形って意味で使う言葉じゃなくて……ああ、そんな事よりも。

 わたしは説明するのを放棄し、収納から取り出した白パンを火魔法で軽く温めると籠に山盛りに積んだ。小さめのトレイにはバターとジャムを並べて、籠と一緒にアルトさんに渡す。


「これを持っていってください。彼女が一人で食べられないようなら、宜しくお願いします」

「わかった」


 アルトさんはそれを持ってテーブルにつく。ニーナちゃんから歓声が上がるものだから、わたしは嬉しくなってしまった。

 ニーナちゃんが白パンを両手で持ってかぶりつく。横ではローブを脱いだアルトさんが、口端についたパン屑を取ってやっていた。うぅん……こどもの扱いに慣れているなぁ。


 にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、鶏肉。一口大に切ったそれをバターを熱した厚手の鍋で炒める。じゅっと焼けるいい音が響いて、パンから顔を上げたニーナちゃんが期待の眼差しをこちらに向ける。その期待に応えますよぅ!

 小麦粉を振って更に炒めて、ブイヨンスープをくわえてそれを溶かす。このブイヨンスープは神殿の料理人さん渾身の作だから、めちゃくちゃ美味しい。野菜が柔らかくなるまで少し待って、その間にコーヒーの準備をしちゃいましょう。

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