19.双子神官の帰還

 双子神官が大神殿に戻ってきたのは、三日後の夜だった。

 二人は疲れている様子だったけれど、怪我もないし回復薬を使うような場面に陥る事もなかったようで一安心だ。

 休憩もそこそこに、ヴェンデルさんの執務室で報告をするそうで、わたしとアルトさんも呼ばれたので同席する。



 話の前に、レオナさんとライナーさんに先日作った腕輪を渡す。刻んだ魔式と発動条件を教えると、二人とも喜んですぐに着けてくれた。自分の作ったもので喜んで貰えるのは、素直に嬉しい。

 ヴェンデルさんには作った当日に渡して、彼もすぐに着けてくれている。指輪を渡すのもヴェンデルさんは許可してくれて、神官の方に頼んで配布してくれたそうだ。それから会う人達が皆お礼を言ってくるものだから気恥ずかしい。使わないのが一番だけれど、用心するに越したことはない。わたしがこの神殿に厄介になっている事で、関係のない人達に迷惑を掛けることは避けたいから、身に着けて貰えるとわたしも安心する。



 見習い神官の少年がお茶の用意と、食事をしていない双子神官の為に軽食を準備して下がっていく。

 執務机で香り立つ紅茶を一口楽しんでから、ヴェンデルさんがゆっくりと口を開いた。


「二人とも、改めてお疲れ様。早速だけど報告を頼むよ」

「はい、では私から。まず王城にて陛下に抗議文を手渡ししてきました。他にも届いているようで、だいぶ頭を悩ませているようです」


 一人掛けのソファーに座って話し始めたライナーさんは一度言葉を切り、紅茶で喉を潤した。王様の様子を聞いたヴェンデルさんは可笑しそうに肩を揺らす。前から思っていたけれど、王様の事が嫌いなんだな。

 わたしは話を聞きながら、手元の紅茶に蜂蜜を垂らした。

 同じソファーでわたしの隣に座っているレオナさんが、それを見て蜂蜜の小瓶に手を伸ばす。彼女の片手はお肉の挟まれたサンドイッチで塞がっているから、わたしはレオナさんの紅茶にも蜂蜜を垂らして混ぜてやった。

 向かい合うソファーに腰掛けているアルトさんにも小瓶を掲げて見せるが、彼は首を横に振った。いらないようだ。


「勇者の一族についてですが、知れ渡っている事以上の情報はないですね。クレアさんは勇者一族の伝承について、お聞きになっていますか?」

「いえ、知らないんです」

「ではお話します。

 勇者一族は隣国、シュトゥルム王国にあるエルステの谷に暮らしていて、エルステの民と呼ばれる事が多いです。エルステの民は『魔を打ち祓う聖なる剣を受け継ぐ一族』としてシュトゥルムには伝わっています。

 その聖なる剣というのが、勇者が持つヴィントシュトースです。エルステには『聖剣が輝く時、混沌が世界を飲み尽くす』という伝承があり、実際に光を放つのをシュトゥルムの兵がエルステの民と共に確認したそうです。

 輝いてもそれを抜ける者はシュトゥルムの軍隊の中には居らず、唯一引き抜く事が出来たのは一族の中で最も武芸に秀でた青年だったと。それが勇者を名乗ることをシュトゥルム王に許された彼というわけです」


 ライナーさんは言葉を切るとわたしに目を向ける。理解していると、ひとつ頷いて見せるとにこりと笑って返してくれた。

 わたし以外の人は知っている話のようだから、自分が世間知らずだと実感する。まぁ山に引き篭もる生活をしていたのだから仕方がないと開き直ってみる。


「エルステの民と勇者は、シュトゥルム王国を後ろ盾にしています。シュトゥルム内ではエルステの伝承は有名なものなので、民衆の支持も厚く、大国シュトゥルムに乞われてはこの国も支援するしかないような状況ですね。

 あとこれは不確かな情報ではあるのですが……エルステの祖となる青年は神に等しい力を持っていたとか」


 話し終えたライナーさんは一息ついてから、軽食のサンドイッチに手を伸ばす。

 勇者の一族、エルステの伝承……。随分と胡散臭いと思うのは、引き篭もりで情報が入って来なかったからだろうか。生まれた時からずっとそれを言い聞かせられていたら、それが真実になってしまうのかもしれない。

 混沌ねぇ……。なんともきな臭い話だ。


「その祖となった青年が持つ、神に等しい力。それがクレアちゃんの感じた、混ざっているものの正体かもしれない。これに関しては僕が預かろう。レオナ、君の方はどうだった?」


 ヴェンデルさんに話を振られたレオナさんは、ちょうど軽食を食べ終えたところだった。紅茶を一口飲んでからゆっくりと頷く。


「はい。シュトゥルム王家は伝承にある『混沌』とは魔族であり、それを統率する魔王だとして、この世界を守る為にと魔王に宣戦布告をしました。そして魔王がその開戦に応じずに和平交渉を求めたにも関わらず、魔王領の町を襲撃したのです。クレアさんはご存知でしたか?」

「すみません、全然知りませんでした……。戦争ってそんな始まり方でいいんですか?」

「本来ならば非難されるべきです。しかしエルステの伝承はシュトゥルムに根付いていて人気もあり、民衆の支持を集めてしまったのです」


 わたしが知っているこの戦争の話といえば、人間側が魔王領に侵略しているということ。その報復に魔族も人間の町を襲って、虐殺を繰り返しているとか。……しかしこれはどこまでが本当の事なのか分からなくなってきた。


「魔王領とシュトゥルムの間にはこの国があるので、勇者はこの国を拠点としています。……しかしパーティーに居た時から思っていた事なのですが、勇者は魔王領を攻略して魔王の元に向かうというより、何か指示を受けてその通りに動いていたような感じがします。

 補給地点である町を襲撃したり、輸送路を破壊したり、軍事作戦の前哨のような……」

「勇者を駒として、実際は魔族対シュトゥルム王国っていう構図だね。しかしあの勇者が駒で終わるかな」


 レオナさんの言葉を受けて、ヴェンデルさんが深く息を吐く。執務椅子に背を預けると、ゆらゆらとその椅子を動かして何か思案しているようだ。


「魔王側としても、シュトゥルムと勇者は憎くても、この国を挟んでいる事でシュトゥルムに侵攻する事が出来ないでいるようですね」

「魔族が人間の町を襲って虐殺をしているというのは本当なんですか?」

「それも怪しい話なんですよね……」


 わたしの問いにレオナさんが眉を下げる。事実としてはあるようだけれど……なんとも歯切れが悪い。


「襲われたのは魔王領と我が国、それからシュトゥルムに囲まれた北の小国ルーランでした。確かに魔王領と隣接しているので、魔族軍が侵攻する事は出来るのですが……ルーランに侵攻する理由が無いのです」

「理由がない、とは?」

「いまの魔王はどちらかといえば保守的で、人間とも友好的な関係を築いていました。自分たちから攻撃を仕掛けてくる事はありません。シュトゥルムに侵攻する為の足がかりにするなら、非道な言い方になりますが小国程度滅ぼせばよかったはず。しかしルーランの端の町を襲撃するだけで、王都までは行かなかった。……国民が虐殺されたルーランは戦争賛成派の筆頭となって、勇者とシュトゥルムに積極的な支援を行っています」

「……ううん、それは……本当に怪しい話ですねぇ」


 そうだ、レオナさんの言うとおりに滅ぼして、そのままシュトゥルムに侵攻すればいい。今の話だと憎悪を煽って、自分たちを不利にしている。シュトゥルムが怪しすぎる。


「うちの王様も支援をすっぱり打ち切っちゃえばいいのにねぇ。そういえば、うちが支援をやめた事で、拠点に出来なくなったでしょ。当然、転移の陣も取り下げさせて貰った。そしたら今度はリュナ月教を拠点としているそうだよ」


 ヴェンデルさんが執務机に頬杖をつく。呆れたようなその声には嘲りが含まれている。


 転移の陣とは、予め魔方陣を描いておくとその魔法陣で空間を繋げて転移が出来る術法である。わたしは能力が尖っているからそんな陣もいらないけれど、陣さえあれば実は空間転移は難しいものではない。その陣を描くのが非常に難しいらしいけれど、よくは知らない。

 エールデ教が支援をしていた時には各地にある神殿に、きっとその陣が敷かれていたのだろう。しかし支援を取りやめたので、勇者一行には新たな拠点が必要となった。

 その新たな拠点が月女神リュナを祀る神殿。


「大丈夫か、顔色が悪いぞ」


 ソファーを挟んだテーブル越しに、アルトさんが気遣わしげな視線を向けてくる。そんなに顔色が悪いのか。確かに体温は一気に下がった感覚がある。指先が悴む。


「それ、わたしの母を生み出した女神ですね」


 わたしの告げた言葉に、室内の空気が固まった。あれ、デジャブ?

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