18.気遣いの鬼なのか

 綺麗に並べた指輪から意識を外す。物思いに耽っているだけの時間はないのだ。まだ作業は残っているのだから。


「あとはペンダントトップだったか」

「はい。それはわたしがつけるものなんですけど……」

「これは違うのか?」


 不思議そうに腕輪や指輪を指で示される。いや、一人でこんなにつけませんよ。


「これはこの神殿の人達への物です」

「どういう事だ?」

「腕輪の効力はお話しましたね。こっちの指輪は本当に単純な目晦ましです。叩きつけるなり攻撃を受けるなりして魔石が割れたら、閃光が放たれて目が焼かれます。……勇者クズとわたしが縁を持ってしまった以上、皆さんを巻き込んでしまうかもしれないので、せめてもの護身です」


「……お前が気にする事ではないんだぞ」


 掛けられる声は咎めるものではない。その表情を伺えば、ヘアバンドの下で眉が下げられている。


「これを渡したら、そーんなには心配しなくて済むんです。なので出来れば使って貰えると嬉しいですねぇ」

「……有難く頂戴する。お前は……うちの奴らの事まで背負う事はないっていうのに」

「いやいや、お世話になってますからねぇ。それにこれから作るのは、わたし自身の為ですから」

「ペンダントトップだったな。大きさは?」

「これくらいですかねぇ」


 親指の第一関節より上を示す。アルトさんはゆっくり頷くとその手に銀塊を取り、ぐにゃりと形を変えていく。


「魔石の形は、雫型でも出来るのか?」

「ええ、出来ますよ。その形にします?」


 アルトさんは頷くと、銀を器用に操っていく。

 形は、魔式が刻める程度の大きさなら何でもいいのだ。わたしは鉱石と対峙してどの石がいいか選び始めた。

 魔式を刻むにあたって好みの波長などもあるらしいが、わたしはどれでも気にならない。しかし、赤はダメだ。嫌いな色ではなかったけれど、あの勇者の赤眼を思い出してしまう。もう少し時が経ってあの印象が薄れれば赤も使えるようになるだろう。

 結局わたしが選んだのは、手頃な大きさの深い青が印象的な鉱石だった。それを先程までと同じ要領で形作っていく。アルトさんの要望通りの雫型。うん、これも可愛いな。

 次いで、魔石を刻む。これはちょっと難しい式になるので、父の残した本を手元に引き寄せる。この通りに刻んでいけばいいんだけど……うう、難しい。右手を握って開いて握って開いて。それを繰り返し、わたしは指先に魔力を篭めて式を刻んでいった。



「……やったー! 書けたー!」


 こんなに複雑な式を刻んだのは正直初めてなのだ。出来上がった事が嬉しくて思わず声をあげてしまう。

 目の前のアルトさんが笑っているが、そんな事気にしていられない。ほんっとに難しかったんだもの。魔力を流しても壊れない! 嬉しい!


「こっちも出来たぞ」

「これは……」


 アルトさんが用意してくれたペンダントトップは、先程までとは意趣が異なるものだった。腕輪も指輪も美しい装飾だったけれど、これはまた違う雰囲気だ。

 繊細で美しい薔薇が銀で形どられている。その下に蔦の絡まった雫状の台座がぶら下がる、とても可愛らしいものだった。それにしても銀薔薇が本当に美しい。幾重にも重ねられた花弁の先には朝露を模した銀が一粒輝いている。薔薇を囲う葉の先までまるで本物の薔薇を銀に閉じ込めたかのように見事な出来栄えだった。


「……綺麗」

「気に入ったなら良かった。魔石は合うか」

「あ、はい……」


 言われるままに魔石を窪みに嵌めてみる。また恐ろしい程にぴったりだった。そのまま押さえていると、両手を包むアルトさんの魔力に呼応して、魔石が台座に固定されていく。


「時間があったからこれも」


 そう言ってアルトさんが差し出してきたのは、銀のチェーンだった。留め具にも小さな薔薇があしらわれている。なんだ、この男は気遣いの鬼なのか。


「ありがとうございます。……それにしても見事な出来栄えですねぇ。似合うでしょうか」


 わたしは早速チェーンにトップを通し、後ろ手にそれをつけようとする。するとアルトさんが手を伸ばしてきて、わたしの手から留め具を奪っていった。

 わたしの目の前にはアルトさんが身につけるマントの金具。こんなに間近で見る事は無かったけれど、よく見ると金具にも紋様が刻まれている。上質なその生地に包まれると温かいのは、先日借りた事で実感している。


「出来たぞ」

「ありがとうございます。似合いますか?」

「ああ、よく似合っている」


 褒める事も出来る。気遣いの鬼で間違いないようだな。

 わたしは早速魔石に魔力を流してみる。優しく光った深青の魔石に全身が包まれて、その光が消えた時にはわたしの色合いは変化していた。


 下ろしていた髪を掌に乗せる。薄紫だった髪はショコラのような茶色に変わっている。うん、悪くない。唖然としているアルトさんをその場に残し、わたしは近くの鏡台へ向かった。覗き込んだ鏡の中、わたしの濃紫だった瞳も茶色に染まっている。よしよし。

 鏡台の引き出しから丸縁眼鏡を取り出すとそれをかける。髪を二つにわけて三編みのお下げにしてからアルトさんへ振り返った。


「どうですか? 印象変わりました?」

「……まったく違う」

「ふふん、これが魔導具の力ですよ」


 魔式を組み立てたのは父だけど、作ったのはわたしだ。胸を張ってもいいだろう。それだけ、本当に、難しかったんだから!


「これなら、わたしだって気付かれないでしょう?」

「そうだな。近くで見ると美貌はバレるが、クレアだとは誰も思わないだろう」

「遠目でも誤魔化せたら上出来ですよ」


 眼鏡の奥でにっこり笑う。

 さてさて、もうお昼になる。片付けて報酬を支払ったら、ご飯を食べに行こう。魔導具作りに集中していたお陰で、いい気分転換が出来たようだ。


「本当に助かりました。材料費とアルトさんへの技術料と、これで足りますか?」


 先に片付けてくれていたアルトさんを手伝った後、空間収納から紙幣の束を取り出して二つほど重ねる。それをアルトさんに差し出すと、首を横に振られてしまった。


「必要ない。鉱石も部屋で眠っていたものだし、銀細工は俺の趣味だ。今回は俺の趣味に付き合って貰ったようなものだからな」

「そういうわけにはいかないですよぉ!」

「これがうちの奴らの為なら、尚更受け取れない」

「だめです! 受け取って貰えないと、もうお願いしにくくなっちゃうじゃないですかぁ」

「気にしないで頼めばいい」

「それが出来ないんですってばぁ」

「難儀な性格だな」

「それ褒めてないでしょう。いいから受け取ってください!」


 アルトさんは盛大に溜息をついて見せると、紙幣を少しだけ抜き取った。


「ではこれだけ貰う」

「絶対足りないですよね」

「鉱石も貰いものだし、銀細工は俺の趣味だ。そうだな、そんなに気になるならコーヒーでも淹れてくれたらそれでいい」


 アルトさんはこれ以上受け取る気が無いようで、わたしは渋々それを受け入れるしかなかったのである。

 コーヒーがお礼の足しになるのなら、幾らでも淹れてあげよう。幸い、昨日のカフェで買った豆がある。あれはアルトさんも気に入っていたから、専用にしてもいいな。


 わたしは魔導具に流していた魔力を遮断する。瞬間、水で流すようにしてわたしの髪色がいつもの薄紫に戻っていった。この分だと目も戻っているだろう。

 三日は掛かると思った魔導具作りがあっという間に終わってしまった。いつもは一人でする作業も、誰かと一緒にするのは楽しい。父と母もこうして一緒に魔導具作りを楽しんでいたんだろうか。寄り添う二人を思い出して、胸の奥が暖かくなる。


「ありがとうございます、アルトさん」


 色んな意味を込めてお礼を告げると、アルトさんは優しく微笑んだ。

 わたしは丸眼鏡を頭に乗せると、腕輪を一つ差し出した。先程作った防御結界の腕輪。彼はそれを手にすると、どうかしたかと言う様に首を傾げる。


「これはアルトさんの分です。あとの腕輪はレオナさんとライナーさんと、ヴェンデルさんの分」

「……俺達の?」

「ええ、使ってください」

「そうか。……では有難く頂戴する」


 アルトさんは早速自分の左手首にそれをはめる。流石は本人が作っただけあって、繊細な装飾の腕輪が良く似合っている。使って貰えそうで良かった。

 心地のいい充足感に満たされると、気が抜けたのかお腹が鳴った。ぐぅ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る