1.今日も今日とて人助けーある山の冒険者①ー
ふむ、今日はあの山かな。
わたしは遠くにそびえる山の中腹辺りに目を凝らした。凝らしたって山の中に何が見えるわけでもない。色深く黄赤に染まった木々が美しい。
んん、と大きく伸びをしてから意識を集中させる。次の瞬間、わたしは身ひとつで、目当てとしていた山に転移をしていた。
少し開けた場所を探り当て、風魔法で落ち葉を片付ける。頭上の木では鳥が囀り……囀り……ちょっとうるさいな。急に現れたわたしに警戒をしているんだろうけど、ちょっと喧しい。頭に響く。
わたしはとん、と地を蹴るとその鳥達が羽を休めている枝まで浮かび上がった。不意に現れたわたしに飛び立つタイミングを逃した鳥達は、警戒心も顕な視線を向けてくる。思ったよりも大きい鳥だった。食べでがありそうだけど、いまは黙って貰うほうが大事。
「すこーしだけ静かにしていて。用事が終わったら、すぐに立ち去るから」
そう願うと渋々といった様子だが、鳥達は分かってくれたようだ。にっこり笑って敵意がない事を示すと、地に降り立つ。
大人しくしていてくれるなら、攻撃したりしない。食べたりもしない。食材は充分に揃っているから、無益な殺生はしないのだ。……大人しくしていてくれるなら。
わたしは何もない空間に両手を翳す。空間が揺らぎ、ぱっかりと大きな口が開く。その中に両手を突っ込むと、白と赤を基調とした可愛らしい屋台を引っ張り出した。
これがわたしの能力である。空間転移と、空間収納。わたしの場合、それが鋭角な程に特化していて、わたしが思う場所なら大体どこでも転移できるし、大きさ質量関係無しに収納する事も出来る。そして、これを使ってわたしがしている事は……人助けだ。
屋台の幌を上げ、白いエプロンを身につける。腰までの薄紫の髪をうなじでひとまとめにして、濃紺のワンピースの袖を捲くる。支度はおっけー。
屋台の中に入って、火と水の魔法を使ってお茶の準備をしたり軽食の用意をしたりしていると、がさがさ……と茂みを掻き分ける音がして一人の冒険者が現れた。
「……はぁ?」
体中ぼろぼろで、今にも倒れてしまいそうな冒険者は、わたしの屋台を見て怪訝そうな声をあげる。それが最後の力だったのか、派手な音をたててその場に倒れこんでしまった。
「おやおや、酷い怪我ですねぇ。何にやられました?」
火を止めて、屋台の中から出る。
冒険者に近付くと、その怪我は思った以上に酷いものだった。右腕はくっついているのがぎりぎりで、左腕だって血塗れだ。足だってところどころ骨が見えていて、食いちぎられたのか脇腹は肉がこそげ落ちてしまっている。頭からも絶えず流血しているから、このままでは死んでしまうだろう。
「あらら、瀕死じゃないですかぁ。生きたいんですよね、大丈夫」
冒険者は返事をする気力もないようだったが、『生きたい』というわたしの言葉に、瞳が揺らいだ。そう、彼は生き延びたいと願っている。
彼の側に膝をつき、空間収納から回復薬を取り出す。これは母が調合方法を考えた特製品の回復薬。市販されているものとは効果が違う。男の背に手を回して、少しでも上体を起こさせる。口元に回復薬のビンを寄せると、男はそれをゆっくりと飲んでいった。
あれさえ飲めば死ぬことはないんだけど、ちょっと怪我が酷すぎる。男をまた寝かせると血の流れる頭に片手を翳す。集った淡い緑の光が、傷を癒していく。……といっても、わたしは治癒魔法が凄く得意というわけではないので、傷を塞いで痛みをとるくらいが精一杯。脇腹の傷も、骨が見えている両足も、取れかけている左腕も、回復薬が効いてくれば再生されるでしょう。
男は痛みが消えて楽になったのか意識を手放してしまったので、そのまま寝かせておくことに決めた。土の上だけど。
一時間程経っただろうか。屋台の椅子に腰をかけて、紅茶を楽しみつつ流行の推理小説を読んでいたわたしの耳に、呻くような声が届いた。
目を向けると、先程癒した冒険者が目を覚ますところだった。
「お目覚めですかー?」
紅茶と小説を片付けて、屋台の中に入る。
上体を起こした彼の様子を見ても、すっかり傷は癒えたようだ。血だらけで凄いことになっているけど。あのまま町に下りたら悲鳴があがる。子供は泣く。
「……俺は死んだのか? こんなところに屋台があるなんて、あの世ってのはこんな感じなのか」
「死んでないですよぅ。折角助けたんですから、勘違いはやめてください」
軽い調子で声を掛けると、怪訝そうに眉を顰められる。それはそうだろう。こんな森の中で、美少女が一人で屋台を開いている。常識的に考えてありえない。もう一度言う、美少女と。
「とりあえず、その血を流したほうがいいですよ。そこの桶のお湯とタオルを好きに使ってください」
屋台の横に用意しておいた、お湯の溜まった桶とふわふわタオルを指差す。男はまだ不審そうにしながらも、ばりばりに乾いた血の感触が気持ち悪いのか、素直にわたしの言葉に従った。うんうん、素直なのは良い事ですよ。
「さっぱりしたら、こちらにどうぞ」
テーブル前に用意したスツールを促して、カウンター越しにお水の入ったコップを置く。お代わり用にと水差しも用意する、至れり尽くせりっぷりだ。
男はおずおずと屋台に近付いてきた。喉は渇いているけれど、信用が出来ないといったところか。
「あんた……何者だ」
「旅の屋台引きですよぉ」
「嘘付け。こんな場所で屋台を出して、誰が来るってんだ」
「でもそのお陰で、あなたは助かったでしょう? ほら、いま軽食を作りますから座ってください」
「何が望みだ」
「疑り深いですねぇ。妖精さんからのお恵みだと思えばいいじゃないですか」
言いながらふわふわに仕上げたオムレツを皿に載せる。その皿に野菜とソーセージも添えて出来上がり。うん、美味しそう。さすがわたし。
漂う匂いに耐え切れず、男はおずおずとスツールに腰掛けて用意された水を飲んだ。一口飲むと渇きを実感したようで、コップの水を一気に飲み干すと水差しからお代わりを注いでそれも飲み干してしまった。
「はい、どうぞ。召し上がれ」
カトラリーの入った籠と、オムレツの乗った皿をカウンターに載せる。男の喉がごくりと鳴ったのがわかった。籠に柔らかな白パンをこれでもかと積み、それもテーブルに載せた。
「こんなに施して貰っても、返せるものがない。……君は一体、何なんだ?」
「人助けが趣味の天使さんですよぉ」
「さっきは妖精って言ってなかったか」
「細かいですねぇ。冷めちゃう前にさっさとどうぞ」
男はまだ警戒しているようだったが、空腹には勝てないようだった。パンを掴んでそのままかぶりつく。目を見開くとパンをぺろりを一飲みにしてしまい、オムレツや付け合せのソーセージなども一気に食べ進めた。
これはもっと作ったほうがいいなと、わたしは再度調理に勤しむのであった。
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