第31話 外伝 ???之章①

 夢の国、東京ドリームワールド。


 東京近郊の湾岸エリアにあるそれは一日の来場者数が一市町村の人口を上回る、日本屈指のテーマパークである。

 園内に入れば可愛いマスコットキャラがそこかしこで手を振る。そして幅広く趣向を凝らしたアトラクションの数々は、無邪気な子供達だけでなく、日々の生活に疲れた大人達をも楽しませた。

 夜になれば空には大音響と共に大輪の花が咲き、電飾に彩られたパレードが始まる。それが終わると、人々は併設されたこれまた絢爛なホテルへと帰ってゆくのである。


 そんなまさに夢の国である複合リゾート施設の敷地内に、地下に続く高速エレベーターが存在する事は、一般には知られていない。

 戦時下に於いて日本軍が掘削した防空シェルター。今となっては軍部はおろか、その敷地を有するドリームワールドの関係者すらも把握していないその地下の大空間をさらに下に延ばし、地上の建物に換算すると五十六階に相当するその部屋に、二人のくぐもった声が響いた。


「大僧正閣下、ご機嫌麗しゅう」


「よき。しかし気分は晴れぬものよのう」


「霧の案件、にございますか」


「左様」


 閣下と呼ばれた男は大仰な黒のフードを深く被り、その表情までを窺い知る事は出来ない。しかしその声は、対峙する者を悉く畏怖させるに十分な響きを備えていた。


「あれは早すぎた。我らの手引きではないとはいえ、奴の動き、掴めなんだか」


「藤原定家、その兆候は掴んでおりました。しかしあ奴めは独善が過ぎますれば、閣下の御心を騒がせるばかり、我らが大望には不要かと。従いまして泳がせていた次第にございます」


「然もあらん。余もその判断を是とする。じゃがもう一度計画を練り直さねばならぬのではないか? 先の件で機関が何やら感づいたやも知れぬて」


「お言葉ながら閣下、それには及びますまい。あれは現世に顕現したとはいえ、所詮は亡霊どもの争い。いうなれば身内の内乱にございます。機関の者どもが如何に鼻が利くと申しましても、我らとの繋がりを万が一にも悟られる事はございません。であれば、我ら千年の計に些かの狂いもございますまい」


 もう一方の男、その時代掛かった言葉遣いに似合わずグレーのスーツを着込んだ男が声を張る。その声は落ち着きながらも肉食獣のような鋭さをもって。


「ならばよい。で、その計画、我らが悲願を成就させる千年の計はどうなっておる?」


「万事つつがなく。間も無く宴が始まりましょう」


「定家の二の舞では?」


「ご心配は無用にございます。我らの宴はではございません。であれば何人の手出しが叶いましょうか。精神世界である神界にてアラヒトガミを屈伏せしめた後に此岸と彼岸を反転させれば、この世は瞬く間に地獄と化しましょう」


「然もあらん。しかしアラヒトガミは我らになびかなんだか。なれば六歌仙ゴッドシックスが力を弱めたのも幸いといわねばならぬな」


「御意」


「して、神に逆らう演者は誰ぞ」


「ハンドレッドミリオン、或いはマイハウス」


「ほぅ。フジワラのは平凡たるが、老人の方はなかなかどうして。面白いではないか」


「準備は既に整いましてございます。閣下には現世の玉座にて、時満ちるまで高みの見物をなさいますよう」


「ふむ……いや、此度は余も出よう。其方の差配を疑うでは無いが、ここは磐石を期そうではないか。千年の悲願をこの目でしかと見届けようぞ!」


「ふふ、閣下の御心のままに」


「ふは、ふ、ふはははっ」


 そして、決して地上に届かぬその笑い声は、いつまでもいつまでも、地鳴りのようにこだましていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る