第8話 持統天皇之章③

「二人とも、柿本人麻呂に止めを! 何かしようとしているわ!」

 地面に伏した柿本人麻呂の微かな動きを捉えた真理が叫ぶ。さっと身構える清少納言と紫式部。

「遅い! 歌術『ながながし夜エンドレスナイト』……ぐふっ、後は頼みましたぞ」

 最後の力を振り絞ったのか、歌術を唱え倒れながら消えてゆく人麻呂。さあっ、と一面に夜の帳が下りた。

「本人が消滅しても効果が続いているということは時限式の術かもしれないわね、二人とも気を付け……」

「マイマスター、別の詠人を捉えました。ネーム『在原業平朝臣ジェネラル』、六歌仙ゴッドシックスです!」

 真理の言葉に割り込むように和泉式部の声が響く。在原業平、右近衛権中将、誰もが知る平安きっての歌の天才にして美男子イケメン。わずかに震える和泉式部いずみんの声からも相手が相当な大物であることが見て取れる。

 暗闇に一条の光が差す中、業平が空から降る少女のようにふわりと地上に降り立つ。しかしその表情は険しく、少女のそれではない。

「宴だと聞いてやってきたは良いが、なんだ? サルもマロもおらぬではないか。ふん、紫式部に清少納言か、よかろう二人纏めて俺が相手をしてやろう」

色男プレイボーイに用はありません。『枕草子ワンイヤーズエッセイファイアフライ!」

 無数の光の粒が辺りを照らす。ようやく視界が戻った。

「爆ぜろ色男リアルイケメン! 『源氏物語ミナモトストーリー光源氏一閃ヒカルスラッシュ!」

 一撃必殺の光源氏回し蹴り、それに合わせて紫式部自身も『夜半の月クレセントムーン』を繰り出す。それにしてもこの文学女子達は何かイケメンに恨みでもあるのだろうか……

「ふん、足癖の悪い女だ。歌術『くくる水ブラッドスプラッシュ』」

 前後からの息の合った回し蹴りだったが、業平の歌術によって流れ出た血飛沫のように赤く染まった水が光源氏の幻影を押し流した。そして紫式部の蹴りを片手で受け止める。

「せっかくマロが膳立てた寝台に蛍の光は無粋。歌術『竜田川リヴァイアサン』!」

 水の力とは斯くも恐ろしいものか。渦を巻きうねり狂う水龍が辺りの光の粒を蹴散らし洗い流す。そして業平を照らす光を残し、一面は再び闇に包まれた。

「まずいわね、押されてるわ。やっぱり六歌仙ゴッドシックスは強敵、サモン『祐子内親王家紀伊ユウシズメイド』」

 真理が新たな詠人を召喚する。でも僕も知らない人だし、なんちゃら使用人メイドって言った? 紀伊さん? そんなので大丈夫かな。真理に先の二人以上の手駒が無いのだとすれば僕も戦いの準備をした方がいいのだろうか。それとも真理を引っ張って逃げる準備? 正直この相手には勝てる気がしない。

「行きます、マイマスター」

 僕の心配を余所に在原業平に向かってゆく紀伊さん。

「ふん、二人の相手も終わらぬ内に新手か? 俺は構わんが……な、貴様は祐子内親王の…………ちっ、興が削がれた。宴は終わりだ、俺は帰る」

 そう言うと在原業平は光の霧となり消えていった。同時に暗闇がはれる。だがいったい彼はどうしたというのだろう、全くもって危なげなかったが。はたして紀伊さんと相対するや否やの出来事に僕が驚いていると、隣の和泉式部いずみんが再び声をあげた。

「マスター、来ます! 詠人知らずアンノウンの群れ! 一つ一つの力は微小ですがその数が膨大です」

 辺りに光が戻ったせいなのか、はたまた在原業平の強大な力に引き寄せられたのか、亡者の群れの如く詠人知らずアンノウン達が集まってきた。それは強敵との戦いを終えた真理の直ぐ後ろにも。

「真理! 危ない!」

 後ろに気付かない様子の真理に向かって僕は叫ぶ。そしてポケットに仕舞われた玩具の拳銃の引き金を引いた。

 パンッ!

 乾いた破裂音が響く。ビクッと詠人知らずアンノウン達の動きが止まった。

「ちょっと、びっくりするじゃないの!」

 音に驚いた様子の真理がこちらを睨む。いつの間にか閉じられた黒い日傘を詠人知らずアンノウンの頭目掛けて振り下ろしながら。

 真理の強烈な一撃にもんどり打って崩れ落ちる詠人知らずアンノウン、特注なのか傘が折れた様子もない。僕たちは真理の傍へ駆け寄った。

「ごめん、真理が気付いてないのかと思ったんだよ。その傘、武器だったのかい? よく折れたりしないね」

「鉄より硬い金属製、生地は強化繊維。まあ壊れてもまた買えばいいから。それよりも数が多すぎるわ。どうする? 一旦引く?」

 買えばいいって、売ってるのか、それ。そんな凶器が売られている店を僕は知らない。

「せっかく強敵を退けたんだ、後は僕に任せて。真理は詠人を戻して」

 おそらく先程まで奮闘を続けた紫式部や清少納言の消耗も激しいのだろう、素直にシステムに戻す真理。僕は蝉丸さんを召喚する。

「蝉丸さん、このヨミビト達を何とかして欲しいんだけど、出来る?」

「愚問じゃの。歌術『逢坂の関ゲートオブナニワ』」

 蝉丸さんの呼び掛けに、現れた地獄の門が口を開ける。ごてごてとした装飾が見る者を圧倒するその扉に次々と吸い込まれてゆく詠人知らずアンノウン達。それはさながら冥界に向かう亡者の行進のようでもあった。

「蝉丸さん……規格外ね。これだけの力があるなら在原業平ジェネラルも何とかなったんじゃないの?」

 呆気にとられながら真理が口を開き、そして僕の方を睨む。いやいや、真理が蝉丸さんを下げろって言ったんだからね。

「いや儂のこれはちょいと力のある詠人には効かぬのでな。まあ他にもやりようはあるが、今回は楽をさせてもらったわい。嬢ちゃんの活躍は見ておったぞ、なかなかやるもんじゃの、ほっほっほ」

 そうだったのか、蝉丸さんのこの強力なゲートは詠人知らずアンノウンのような雑魚専用ということか。そうすると蝉丸さんしか使役できない僕は、強敵と対峙した時どうすればいいのだろうか。他にもやりようがあると言ってはいるが大丈夫なのかな、ちょっと心配になる。

「まあどうして在原業平ジェネラルが自ら退いたのかわからないけど、今回は運が良かったわ。それにあの男がこんなところにいるという事は、どの陣営にも属していないということだから、それも有難いわね」

 これは真理の言う通りだった。これから向かおうとする首都解放戦線リベレイションフロントトキオ、それに新宿の坊主カオス陣営、そこに在原業平のような猛者がごろごろといたのでは敵わない。六歌仙ゴッドシックスには後五人いるわけだが、なるべくなら関わりたくないな。

「それじゃ蝉丸さん、ありがとう。また必要になったら呼ぶよ」

 辺りに平静が戻ったのを確認して蝉丸さんをシステムに戻す。咄嗟の時に真理が戦い易くするためだ。そして僕達は真理の案内で今日最初の目的地である邪札の館へ向かった。

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